SAFETY LOVE



とっくに気づいてるさ。 
俺はあくまでキープだって。
他に男が出来たら離れていって別れたら戻ってくる。
君の中ではそういうシステムなんだよな。



「やっぱり永史といると落ち着く。」
そう言って俺を見上げる彼女、市川 麻里。
食事が終わって一息ついた時、麻里はそう切り出した。
いつものことだ。
もし俺が何も知らなければこの言葉を素直に受け取っていただろう。
いや知っていても今までだったら気にしなかった。
俺だってフランクな関係と割り切っていたから。



俺と麻里は大学からの付き合いだ。
付き合いといっても卒業するまでは一友人という意味。
けれどそれぞれが社会に出て、働き出してから関係が変わった。
『身体の付き合い』になってしまった。
きっかけはよくある話。
失恋した麻里を慰めているうちになんとなく。
その時から『福井君』から『永史』に呼び方も変わった。
たぶんあの時に彼女の中のシステムが生まれたんだろう。



俺だって自分の気持ちに気付かなければこの関係も変わらなかったと思う。
そう、たまたま見てしまったあの時から。


俺から離れていく麻里をなんとも思わず、また戻ってくるんだろうな・・・そう思っていつも見送っていた。
だから相手がどんな奴かなんて興味もなかったし、見たいとも思わなかった。
それに見る機会なんてないに等しかったし。
麻里の住んでるアパートもそれなりに離れているし、勤め先はもっと離れてる。
俺の生活圏内に相手が存在しないかぎりバッティングなんてしないだろう。
そう思っていた。
けれどそれがものの見事に起こってしまった。
麻里が他の男と腕を組んで歩いているのを見てしまった。
ふざけ合いながら、それでも相手の男の腕を離さない彼女は俺の知ってる麻里とは違って見えた。
胸の中がざわめく。
次第にモヤモヤとした言葉にできない感情が俺の中に立ち込めた。
すぐに俺は走り、その場を離れていた。


「ハハ・・・。」
何やってんだ・・・俺。
立ち止り、今の自分を蔑むように笑った。
胸の痛みは少しだけ薄れはしたが、それでも焼けついたものはなかなか取れない。
これじゃあ、俺だけ馬鹿みたいだ。
そうだろう?
お互いに心の中で割り切っている関係なはずなのに、気がつけば俺だけこんなにも麻里の存在が大きくなっていってるんだから。
知らない男が今、麻里の体に触れている?
考えたくもない。
感情が爆発しそうだ。



「永史?」
ふと我に返ると、麻里が不安そうに俺を見ている。
ああ、駄目だ。
もう・・・無理。
「悪いけど、俺、本命が出来たから。」
「え・・・。」
目を見開き、驚く麻里。
そんな彼女に、最後の言葉を告げた。
「俺は、俺だけを見てくれる奴しか必要ないから。だからもう麻里を抱けない。」
そう言って固まった麻里を置いて、その場を去った。



それからはぽっかりと穴があいたように何をしていても満足感の得られない毎日が過ぎていく。
仕事に集中している時はいい。
けど、ふいにそれが切れると麻里のことを思い出す。
この1カ月、その繰り返し。
重症だ。


月末近い金曜になると必ず開かれる課の飲み会が今月も行われ、俺は入口近くに陣取り、ひたすら飲んでいた。
周りは異様な程盛り上がっている。
というか、俺のいる課は体育会系の人間が多くて、店に迷惑にならないか心配なほど騒がしいものだった。
しかも男だけでなく、女も体育会系って・・・。
そんな中で唯一、事務の女の子、夏木さんだけが文科系の人間みたいに居心地が悪そうにして俺の隣りに座っている。
そんな彼女に次々と同僚や上司が酒を注ぎにきている。
たしか彼女が全くお酒が飲めないはずだ。
顔色も少し悪い。
俺は、次々と酔っぱらった連中が注ぎに来る酒から彼女を守るように代わりに飲んだりしてやった。
でもそれは夏木さんへの気遣いではなく、どちらかと言うと俺が飲みたい気分だから。
こんなときでも俺の中の麻里は存在をアピールする。
忘れなきゃな。
そう思って意識を現実に戻すと、
「夏木さん?」
隣りにいる彼女の顔色が異様に悪いのに気付く。
「大丈夫?」
「す、少し・・・飲んだから・・・。」
それ以上の言葉を発するのも難しいほど、気分が悪いらしい。
まずいな・・・。
周りを見ると、皆もかなりでき上がっている。
「とりあえずトイレ行こう。立てる?」
尋ねた俺に夏木さんは微かに首を横に振った。
マジ?
「俺が手を貸すからつかまって。胃の中のものを出したら、外に出よう。」
そう言って彼女の腕をとり、隣りで飲んでいた同僚に声をかけた。
「夏木さん、ヤバそうなんで連れて帰るわ。」
「おまえ〜、そう言って狼になるんじゃないだろうなぁ?ゆるさん!」
そう言って絡んでくる同僚を断ち切り、彼女をトイレに連れて行った。
トイレから少し離れたところで彼女が出てくるのを待っていると、ドアが開き人が出てきた。
てっきり彼女だと思い顔をあげると、
「麻里・・・。」
「永史。」
互いに目が合い、一瞬の沈黙が流れる。
しかし麻里が何か言おうと口を開きかけた時、タイミングが良いというか、悪いというか、夏木さんが出てきた。
よろける彼女に俺は慌てて駆け寄り、体を支えた。
「大丈夫?」
俺のその問いかけにも僅かに頷くだけでどう考えてもこれ以上ここにいる意味はない。
「もう帰った方がいい。出よう。」
「・・・す、すみませ・・・。」
彼女はハンカチを口に当て、涙目になりながら無理して言葉を吐き出した。
すぐ近くに麻里がいる。
それがわかっているのに、どうにも出来ない。
俺から離れることにしたんだ。
今さらだろう?
だから俺は夏木さんを支えながら無言で麻里の横を通り過ぎた。
外に出て、ひょっとしたら麻里が追いかけてきてくれるかもなんて期待した自分もいた。
けど、それは本当に淡い期待で、叶うことはなかった。



未練というのはこうも続くものだろうか。
麻里を忘れるどころか一向に色あせない。
自分から終止符を打ったというのに。
俺は本当に馬鹿なのかもしれないな。
そんな事を何度も思いながら今日も仕事を終えて家の最寄り駅に辿りいた時、マナーモードにしていた携帯が震えた。
気だるげに送信元を見た瞬間、固まった。
麻里からの電話だった。
一気に体中の神経がざわめき始め、通話ボタンを押す指も心なしか震えている気がする。
「もしもし。」
『あ・・・私。今、大丈夫?』
「ああ。」
『永史、これから会えない?』
「これから?」
時計を見るとすでに10時をまわっている。
『あ、無理ならいいの。今、ちょうど永史の家の近くに来てて・・・。』
「は?」
『ご、ごめん。あの、気にしないで。じゃあ。』
「ちょ、ちょっと待って。すぐに行くから家の前で待ってろ。」
『でも・・・。』
「いいから!」
もどかしげに携帯を力まかせに切り、そこから家まで猛ダッシュで帰った。



彼女と会うのがこんなにも怖いと思うことは今までなかった。
何が待っているのか、全く予想がつかない。
まさか、『いきなりだけど、私結婚するの』とかそういう話か?
自分の頭に浮かんだその台詞にショックを受けた。
けど、そんな事でわざわざ家まで来るのか?
そんな疑問がちょうど浮かんだ時、家の前に佇む麻里が見えた。
本当にいたよ・・・
そう思って麻里の所に駆け寄った。
「はぁはぁ、いきなりだな。」
息が切れながらもそれだけ言うと麻里はいきなり俺に抱きついてきた。
「お、おい。」
「永史、もう遅い?もう絶対に私とは無理?」
「なんだよ、急に。」
また今までのような関係に戻りたいってことか?
それはごめんだ。
「言っただろ。俺は・・・」
「私、永史だけしかいらない。永史しか見ない。だからお願い。私を好きになって。私を愛して。」
これは一体、なんなんだ?
幻覚か?
はたまた自分に都合のいい夢を見てるのか?
それともまた麻里お得意の口説き術か?
「お願い、私を見捨てないで。私だけを見て。」
そう言ってさらに俺を抱きしめる。
「俺をからかってるのか?」
「違う!」
麻里は力強く否定して俺を見上げた。
「私はずっと永史が好きだったの!大学の頃から。」
「ウソだろ。」
信じられない。
だって今までのことはどう説明するんだ?
「嘘じゃない!」
「じゃあなんで・・・。」
俺の言いたいことがわかったのか、麻里はバツが悪そうな顔をして俺から少し離れた。
「今さらだけど・・・・・・寂しかったの。言い訳になると思うけど・・・私ね、大学の頃、永史と話すようになって永史にすごく惹かれたんだ。どんなことも笑って許す永史の心の広さにも、誰にでも見せる優しさにも。それをずっと隠したまま大学を卒業することになって。就職したら会えなくなるってわかってたのに気持ちをぶつけることも出来なかった。だからもう忘れようって思って、同じ会社の人と付き合うことにしたの。でも・・・やっぱり永史のことが忘れられなくて、相手の人もそれに気づいて。それで別れて・・・そのあとは永史も知ってるでしょ?」
あの時のことか。
俺と麻里が初めて身体を合わせた時のこと。
「本当はあの日、永史にこの気持ちをぶつけてすっきりさせようって決めてたの。けど途中から訳がわからなくなっちゃって・・・気が付いたら永史と寝てた。」
麻里がゆっくりと話す内容に、俺の記憶を重ねていく。
あの時は確かお酒がかなり入ってたんだよな。
最初から麻里がやけに落ち着かなくて、それで俺が気を利かせて酒を勧めて。
そしたら麻里がいきなり泣き出して・・・麻里を放っておくことが出来なくて、たぶん俺から麻里を抱きしめた気がする。
で、それが結局、あの関係の始まりになって。
「あの時、永史、私に言ったよね。『まぁ、こんなこともあるさ。だから気にするな。』って。それを聞いて、あー私は永史になんとも思われてないんだって確信したの。すごく悲しくて、でもそれでも永史を忘れることなんて出来なくて。どうしても永史と繋がりが欲しくて、それで永史とああいう関係になることで自分を誤魔化すことにしたんだ。」
そう言って自嘲気味にほほ笑んだ。
「でもね、普通の恋人じゃないから甘えることもできないし、そんなに頻繁に会うこともできなくて寂しくなったの。だから他の人を永史の身代りにしてた。」
そう言った後、麻里は身体を180度回転させ、俺に背中を向けた。
「ショックだった。永史に本命が出来たって言われた時。それと、女の子を支えて私の前から去っていた時も。永史が本当に遠い人になったんだって思った・・・っ・・・辛かった。」
麻里の言葉が震えていた。
そして肩も。
それでもやせ我慢して言葉を続ける麻里がいた。
「ごめん・・・ホント、今さらだし、言い訳にしかなんないよね。だけどどうしても言っておきたかっ・・・」
俺は堪らず麻里を後ろから抱き締めた。
「馬鹿だよ、麻里は。」
「っ・・・うん、私もそう思う。結局、自分で自分の首を絞めてたんだもの。こんな私だから永史も愛想が尽きたんだよね。」
「そうじゃない。言っただろ?俺だけを見てくれる奴しか必要ないって。」
俺の言葉に麻里は頷いた。
「麻里は俺だけを見てくれてるんだよな?だったらそれでいい。それで十分。」
「え・・・?」
麻里はゆっくりと振り向いた。
「俺は麻里の全部を独り占めしたいんだ。」
「で、でも!本命ができたって・・・。」
「おまえのことだよ。」
「う・・・そ・・・。」
信じられないという顔で麻里は驚いている。
「こんな状況で嘘なんて言えるか。本命ができたって言ったのは・・・おまえのことが好きだって気づいたら、俺たちの関係が嫌になってさ。やっぱ、気持ちが伴なってないと虚しいんだよな。だから、そういうのやめたくて・・・おまえとのこと清算しようと思ってあんなこと言ったんだ。」
それを聞いた麻里は頭がついていかないのか、それとも理解しようと努力しているのか何も話さない。
「けどさ、やっぱ俺も麻里を忘れるなんて無理だった。麻里の存在が俺の大半を占めてたんだってつくづく思い知った。」
するとようやく麻里から言葉は発せられた。
「あの子は・・・?」
「あの子?」
「この前、飲み屋で一緒にいた・・・。」
躊躇いながら聞いてきた麻里の瞳には少しだけ嫉妬の色が見えた。
夏木さんのことか?
「あの子は会社の子だよ。たまたま隣りに座っててさ、気分が悪くなったらしくてそれで俺が介抱しただけ。」
「ホント?」
「ああ。」
「そっか・・・・・・永史らしいね。」
そう言ってフフっと笑ってまた俺に抱きついてきた。
俺も少しだけ余裕が出来て、麻里の背中にそっと手をまわす。
「ねぇ、永史。」
「ん?」
「こんな私でいい?」
「ああ。」
「すごい寂しがりだよ?」
「いいよ。」
「それにすごいヤキモチ焼きだし。」
「大いに結構。」
「それに・・・。」
麻里は言葉を止めてそっと耳打ちしてきた。
『ちょっとエッチだし。』
それにはさすがの俺も笑った。
「上等だね。」
そう言って麻里を力強く抱きしめた。
麻里も俺の気持ちが伝わったのか、抱きしめ返してきた。
そして、
「もう・・・離さないからね。」
「俺だって。」
お互いに見つめ合い、そして唇を重ねた。



-end-






珠代さんからまたまたいただいちゃいました♪
ありがたやありがたや。
2人の気持ちがすれ違っている切なさが伝わってくるお話。でも、最後はハッピーエンド。
好物です(笑)
珠代さん、本当にありがとうございましたww

Treasure