Special Love



「はい。必ずお伝えします。」


受話器を置き、その人をちらりと見る。

相変わらず彼は電話をしており、その姿は楽しそうだ。
“楽しそう”
業務時間に…正しい表現じゃないけど…彼を見ていたらその言葉がぴったりくる。



彼…私の上司の中西(ナカニシ)係長はまだ20代の若さで業務を纏めている。
サラリーマンよりも俳優やモデルをしたほうがいい給料になりそうなくらい
美形のマスクに気さくな性格、若いのに役職がついている彼はもちろん仕事も出来る。
なので社内社外に人気がある。

ちなみに係長が今、電話をしているその間に彼宛の女性からの電話を2本取ってしまった。
オフコンのシステムを呼び出し電話メモを送信した。

今頃は彼の携帯経由でメールが飛んでいるだろう。
メモなんて取ってられないっつうの。
いつもいつも電話ばかりでそれも電話相手が女性ばかりっていうのはどうなの?

誰にもいい顔を見せて口説いているんだから。
それも私に対してまでも食事や飲みに誘ってきたりする。
その度に彼のチャラさに嫌悪感が募り、彼に尊敬の念なんてあるわけがない。
それどころか大嫌いとキッパリ言えそうなくらいだ。

確かに黙って仕事をしてればいい男なんだけど…。


やっと受話器を置いた中西係長は私に視線を向けた。


「藤井(フジイ)サンいいかな?」

声をかけただけの彼は私の返事を待たずに打ち合わせ室に向かった。


はぁ。


彼に遅れて打ち合わせ室に入ると彼は椅子に座った格好で私を見ていた。
その真剣な顔に動悸がする。

「きみが…俺を嫌っていることは知っているけど…
少しはにっこりと電話メモを手渡してくれてもいいんじゃない?」

目は真剣だけど口調はあくまでも柔らかい。

「私もそうしたいのですが…メモを書く暇もなく次の電話がなり、
その電話もほとんど係長宛なのでその都度は無理です。
それに係長の空く時間を想定するのはかなり難しいです。」

“それにあなたとは話したくありません。”と心の声も付け足してみた。

係長は私を見ていたが深くため息をついた。


「俺が嫌い?」

立ち上がると私の目の前に立つ。
背が高く体もがっしりしている彼に体が引き寄せられそうだ。
実際はわからないけど抱きしめられると安心感を得られそうに思う。

…そんなことを考えた私は…抱きしめられたいという気持ちがあるからそう思うのか?
そんな思考に一歩後退して彼から逃げる。

「藤井…」

これ以上二人っきりでいるのは辛い。
きゅっと唇を閉じてから切り出した。


「すみません。用事がないならこれで失礼します。」


ドアのノブを掴んだ私の手をその上から彼は握った。


「藤井は自分の気持ちがわからないのか?―そんな顔をして…」

囁くように言う彼に益々その場から消えたくなった。


「知ってます。だから…失礼したいんです。」


彼を振り切るようにその場から逃げた。






中西係長は私の嫌いな人。

彼を見るとイライラしてしまうし、他の女の子と仲良くしている姿を見ると
まただ。と幻滅してしまう。
そして明らかに業務外の電話を彼に繋がないといけない場面に出くわすと
このまま切っちゃおうかと何回か思ってしまった。
仕事なんだからマズイと思いつつも顔を見るのも嫌だ。

…異動の申請してみようかしら?

彼の顔を見なければ心も顔もブスにならなくて済むし…。

大きくため息つくと電話がなった。
電話の相手は担当の営業で、
取引先のOEMの生産が早まったから前倒しに納品して欲しいと指示を受けた。

「え?その商品の予定は流れていませんが?」

半年先で指示のあった数の半数程度の予定があるくらいだ。
ひと月、ふた月先まで調べるも受けた形跡はなかった。

詳しく言えば受注もしてないので品物なんてあるわけがない。

電話の向こうで担当営業の悲鳴が聞こえたがとりえず急ぐのは彼への対応ではない。
予定が入ってない理由と予定を調べないと。
電話を切って、取引先のファイルを取り出し確認するとひと月前に
それまでなかった数字がしれっと書き加えられ、取引先では『済み』扱いにしていることが
わかった。
その予定表を確認したのが先ほどの営業。
そしてその上にもう一度営業が確認した次の予定表がある。

得意先のミスに担当営業のミス…。それを確認できなかった私のミスかぁ。
最悪。

在庫具合を調べたが品薄だ。
寄せ集めるにしても、私の力では無理そう。
工場を動かす必要があるかもしれない。


立ち上がると珍しく電話をしていない係長のデスクに向かった。




――というわけで…確認出来なかった私のミスです。」

私の報告を書類を見ながら聞いていた中西係長は書類から視線を外すと私を見た。

「藤井のミスじゃない。大丈夫だ。」

普段のチャライ係長ではなかった。
彼がすごく頼りになる。
ああ、やっぱり彼はすごい人なんだ。

「藤井は先方に流れる正式な数量と必要となるギリギリの日程を確認して」

てきぱきと指示を出す彼に今まで抱いていたイメージを一掃された。






定時を2時間ほど過ぎて休日前のオフィスは人が減り静かになってきた。

その間の成果はOEMの前倒し予定に必要な数が集まったことと
足りない分は工場が優先的に動いてくれることになったことだ。

係長から報告を受けて担当営業に伝えると彼は私に抱き付いて喜びを表そうとした。

嫌っ。

手が私に触れた瞬間、中西係長が彼の手を掴んで止めてくれた。

「今回の件に関してお話があります。」


中西係長はいつもと違って怖い。
顔だって真面目に冷たそうだし…いや美形の機嫌の悪そうな顔って迫力あるよね。
声だって座っているようで。

有無を言わせない雰囲気のまま打ち合わせ室に係長は営業を連れて行った。








報告書を書き上げて背伸びをした私は壁にある時計を見た。
8時を過ぎたところだ。
あれから係長は戻ってこない。

係長怖かったな…。
営業さん…絞られてるのかもしれない。

そう思っていると打ち合わせ室のドアが開きがっくりとうな垂れた営業が出てきた。

そして一言「ごめん」と言い残すと自分のデスクに向かい、
鞄を掴んでオフィスから消えた。

…帰ったのかしら?まさか…今から得意先へ?


立ち上がったまま彼を見送っていた私のすぐ後ろで声がした。

「藤井…すっかり遅くなったな。食事は?」

すっかり気が抜けていたのでその声に体が大きく飛び上がるほど驚くとその場に崩れそうになる。

だけど係長が私を抱きとめてくれた。


ああ、思ったとおりだ。
係長の腕の中は落ち着く…。


「藤井…食べに行くぞ。」

近距離で声が聞こえて、すっかり頭の回転が鈍くなった私は無意識に頷いた。












すっかり腰砕け状態の私に係長は更衣室まで付き添ってくれた。
らしくない私に自分でも困惑している。

きっと色々なことがあったし、いっぱいいっぱいなのかもしれない。

だけど…少し前の係長への気持ちと今の気持ちが変わっていることに気がついた。

苦手意識は変わらないけど…少し前よりも嫌悪感がない。
その代わり頼りになる上司と、中西係長=(イコール)がそうなったことだ。



「…駄目だ…。」


体や頭が思うように動かない。
…だから…係長の食事を断ろう。

心を決めた私は着替えて更衣室を後にしようとしたら目の前の壁にもたれる係長を見つけた。


ドキン


かっこいい…すんなり思う私は完璧におかしいのかもしれない。

視線の先の係長は私を見つけて優しく笑みを漏らす。

自分の心臓の音が大きくてきっと係長に聞こえてしまう。
駄目だ…完璧変だ。


「ごめんなさい。無理で…。」


それだけ言うとこの場から逃げようとしたけどその場から動けなかった。
いや、それどころかグイと引かれ体が攫われる。
ストンと入り込んだのは係長の腕の中。


「もう逃げるな…。」


その声はとても優しく響く。
だけど心臓がバクバクしているし重病かもしれない。


「駄目…な…んです。死にそうな…の!」


出来る限りの力を出して係長の胸を押すけどビクともしない。
顔を逸らす私の頬に熱を感じると顔を持ち上げられた。

係長?

彼と瞳が合ったと思ったら目の前に重なった。




ん?ん?ん???



思考が停止した。
動悸も治まった??

まだ近くにある係長の顔が不思議だと思う。


「藤井?」

「…何したんですか?…」

「おまっ…。ここにきてわからないふりかぁ?」

彼がため息ついた。


「何したって?藤井余裕だな?」

悪巧みを考えているようなヤラシイ笑みに身構えてしまう。

「余裕…って…な…」

私の言葉を奪うように再び近距離に係長の顔が近づいた。
驚いて目を見開く私に構わず彼は唇を重ねる。

ああ、キス?

「なぁ…あ…ん……う…ぅ…んぅ」

何するの?と言いたかった私は深いキスに体の力が完全に抜けた。

「藤井…」

私を抱きしめながら私の名前を呼ぶ彼に再び動悸が激しくなる。


「とりあえず…場所移動しよう」

場所…。

はっ…更衣室の前、ほぼ人がいないけど…誰かに見られたら…。
彼は…社内でも社外でも…に…ん

やっと思考が戻ってきたのに彼はまたキスをする。

「逃げるなよ。」

「…っ…はぁ……な…にがぁでぇ…す?」

「俺から。それと自分の気持ちに」

彼は優しく抱きしめるとそう呟いた。

彼から?…自分の気持ち?
逃げていたつもりはないけど…。


「俺が嫌いなふりしていたろ?」

「いえ。嫌いでした。」

ここは訂正しておかないと。

「な…相変わらずだな…お前は…」

コツンと軽く叩かれる。

「ぃた…」

抱きしめられていた手が解かれ、その手は私の手を掴む。

「まあ。いい。今日は帰さないから…。明日休みだし、いいよな?
ああ、例のOEMの件は営業が責任を持って処理すると言ってたから
もう気にすることはないし。ゆっくり俺の説教でも受けれるぞ?」


説教なんて…嫌。
ああ、営業さんの…あの…後姿は…そんな約束させられていたのね…。
ご臨終様…週明けでも確認…

「あれはヤツの仕事だ。俺との時間にヤツのことを考えるな!」

…係長って…俺様?…独占欲強い?
それに…営業さんにペナルティ科せるくらい…策士??

じゃぁ…いつものあのチャラさは何??

思わず凝視していた私に彼はニヤリと笑う。

「ま、そういうことだ。」

何?そういうことって何〜〜〜?
こんな彼にあんなに反発していた私なのに
抵抗できないまま彼の部屋に連れていたれたのは言うまでもない。











end





佐和さんお忙しい中での贈り物、本当にありがとうございますw
しかも、リクエストにまで応えてもらえるなんて、私は幸せ者です!
希望通りの上司×部下のお話ありがとうございましたww

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