− 愛のprisoner −



好きな人がいる。

でも手の届かない人。

彼には愛する人がいるから。

だから私は見てるだけ。

心に秘めた想いを抱えたまま。



社会に出て3年目の私、川原 布由(かわはら ふゆ)。
自分の仕事にも少しだけ自信がついてきた。
ううん、そう思わせてくれる人がいるからだろうか。
それは私の教育係だった真島航(まじま わたる)さん。
彼は入社5年目の企画部のホープ。
そして私の片思いの相手。
席が斜め前でいつも背中をひっそりと盗み見をしてる。
そんな私の視線に気づくこともなく、彼は真剣に目の前の物事に挑んでいる。
企画部の人間は誰もが彼の実力を認めている。
そんな人が私の教育係だったのだ。
当時は彼もまだ入社2年目ということもあってフランクに話すことができたし、彼の優しさが私の緊張をいつも解いてくれていた。
そんな人に憧れないわけがなかった。
でも幸せな日々は続かないもの。
いつの間にか彼との距離は開いて、気がつけば彼との接点もほとんどなくなった。
ただ同じ空間にいるというだけ。
企画部には大きく3つの課というか、グループに分かれていて、そしてその中でいくつかのプロジェクトに分かれていた。
入社当初は彼と同じグループに配属されていたが、1年過ぎると改めてグループ編成されて他のグループへと回された。
そうしてあっという間に2年が過ぎた。
何もできなかった。
彼に素敵な恋人ができた時さえも。
相手は営業部長の娘さん。
もちろん私も見たことはある。
とても可愛い人。
そして、誰にでも好かれるような可憐さを持ち合わせている。
何度、二人でいるところを見ただろう。
決して見せない笑顔を彼女の前で惜しげもなく見せている彼。
お似合いだった。
見てるのが辛いはずなのに、目をそらせなかった。


彼が婚約したという噂を聞いた。
もう結婚も秒読みだろうと企画部の誰もが陰でささやいている。
聞きたくない、受け入れたくない現実。


「辞めようかな・・・。」
そんな事で辞めるなんて、普通じゃ考えられないんだろうけど。
でも限界だった。


皆が帰ったあと、部長室に向かい退職願を部長に提出した。
一応の引き留めらしき言葉はあったが、手に持っていたそれはあっさりと受け入れられた。

1ヶ月後に退職が決まった。


自分でもわかっていた。
仕事に対する少しの自信もただの自己満足の域だってこと。
でも心のなかでほっとしたのも事実。
部長に会釈をして自分のデスクに戻った。


誰もいない企画部を見渡す。
これでようやく自分の気持ちにケリをつけられる。
あと1ヶ月。
少しずつデスクの整理をしなきゃね。
自分の気持ちを消し去るようにそう言い聞かせる。


「あれ?川原さん?まだいたんだ。」
聞き覚えのある、愛しい人の声。
その声に振り返ると、驚いた顔をした彼がいた。
「あ・・・お、お疲れ様です。」
突然のことに言葉が詰まる。
どれくらいぶりだろう。
彼とまともに話すのは。
あまりに遠い記憶のために彼とどう接していたのかさえも思い出せない。
「お疲れ。こんな遅くまで残ってるなんて珍しいね。急ぎの仕事?」
「え?あ、はい。少し部長とお話をしていたんです。」
「部長と?」
彼の眉が上がる。
そうだよね。
部長と直接話すことは私の立場だとほとんどないに等しいはず。
だから彼が怪訝に思うのも無理はない。
咄嗟に私は話を逸らす。
「真島さんはもちろんお仕事だったんですよね?」
「え?ああ。ちょっとクライアントと打ち合わせがあってね。」
そう言ってゆっくりと自分の席に向かう。
その姿を少し見ていて、はっと我に返る。
何もすることがないのに、このままいるのは変だ。
「えと、それじゃあ、お先に失礼します。」
そう言って鞄を掴んでその場から急いで出ていった。
後ろでお疲れ様、という彼の声を微かにききながら。


次の日、私が辞めることが部内に知れ渡った。
部長が朝礼でその話をしたからだ。
引き継ぎの件もあったからそうなるのも当然だろう。
何人かはなぜ辞めるのか、これからどうするのかと尋ねてきたが彼は私に見向きもしなかった。
ただいつものように目の前の仕事に立ち向かっていた。
彼にとって私はその程度の存在だったということ。
悲しいけど、分かり切っていたこと。
そう言い聞かせて少しずつ引き継ぎをしていった。


送別会は断った。
逃げるように会社をやめる私に皆の貴重な時間を潰させることなんて出来ない。
それに、3年しかいなかったけど皆がどれだけ忙しいのか、時間の調整が難しいのかは熟知していたし。


出勤最終日。
定時になる10分前に皆が自分の仕事の手を止めて私のまわりに集まった。
「お疲れ様でした。新しい場所での活躍を期待しています。」
口々に私に向けられたそんな労わりの言葉。
花束を受け取り、皆に一言だけ挨拶をしてようやく定時を迎えた。
これで終わり。
席を立ちあがり、部内を最後にもう一度見渡す。
彼は・・・・・・いなかった。
ホワイトボードに書かれた彼のスケジュールは『午後外出』。
プロジェクトを何本もかけもちしている彼だから、忙しいことはわかってた。
だけど・・・最後にもう一度、会いたかったな。


皆に見送られながら会社を出た。
駅までの道のりが長く感じられた。
この3年間、私は一体何を得たのだろう。
そんな疑問が頭をよぎる。
「川原さんっ!」
大きな声で呼ばれた。
顔を上げると改札から出てくる人の流れの中に彼がいた。
驚いて立ち止った私の前に彼が走り寄ってきた。
「良かった。間に合って。」
「え・・・?」
「え、じゃないだろう?俺はまだ君に何も挨拶とかしてないし。」
そう言われて、私も彼に今までの事にお礼を言っていなかった事に気づいた。
「あ、その、今まで・・・」
「ストップ!それは後で聞くよ。これから時間ある?」
「これから・・・時間・・・。」
「最後くらい付き合いなさい。これは先輩命令です。」
にこやかにそう言って彼も会社に連絡を入れる。
最後くらい・・・か。
胸にズキっと突き刺さる言葉だった。
「あ、真島です。俺、直帰します。ええ、例の件は相手も了承してくれました。・・・はい、来週中にまとめることになったので。ええ・・・すみません。それじゃあ。」
携帯を電源ごと切って、彼は笑顔で私を見下ろした。
「さ、行こうか。」
そう言って彼が前を歩きだす。
喜びと不安を抱えたまま彼の後をついていく。


連れてこられたのはこじんまりとした飲み屋。
「俺は生ビール。川原さんは?」
「えーっと・・・同じで。」
「じゃあ生2つ。それと・・・。」
注文を取りにきた店員に一通り注文をする。
それを目の前でじっと見つけた。
「川原さんは何にする?」
その声にビクッと体を震わせた。
いつのまにか見つめることに集中してしまっていた。
慌てて視線をそらし、思いつくメニューを咄嗟に口にする。
「サ、サラダを。」
そう言った瞬間、彼がぷっと笑いだした。
なぜ笑っているのだろう。
不思議に思う私をよそに、彼が笑いながら店員に注文を追加した。
店員が去ってからも彼は可笑しそうにお腹を抱えている。
久々に・・・ううん、面と向かって見るのは初めてだった。
彼の屈託のない笑顔。
彼女には何度も向けられている表情。
「相変わらずだね、川原さんは。」
「え?」
「マイペース。でも不快じゃない方のね。しかもわかりやすい反応で楽しい。」
「はぁ・・・。」
あんまり嬉しくない。
でも彼がくれた言葉。
大事に受け取っておこう。


「さて、本題に入りたいんだけど。」
「本題?」
「そう。君が突然会社を辞めることについて。」
そう言って先ほどまで見せていた笑顔がすっと消えた。
タイミングを計ったように頼んでいた飲み物が運ばれてきた。
店員が去っていくと彼が再び言葉を続ける。
「俺、結構、ショックだったんだ。何の相談もされず、しかもいきなり本人以外から辞めるってことを朝礼で聞かされてさ。川原さんは俺にとって後輩第一号でそれなりに大事に親切に教育したつもりだったんだけどな。」
「そ、それはもちろん!真島さんには本当に感謝しています。ここまでやってこれたのも真島さんのおかげです。本当にそう思ってます。」
「だったらどうして何も言ってくれなかったの?俺には話したくなかった?」
「そんなことは!その・・・言うタイミングがなくて。グループも違ってたし、真島さんは忙しい人だし。」
「でも君の話を聞く時間くらいいつでも作れたよ。」
「それは・・・。」
そう言われると何も言えない。
ううん、たとえ時間を作ってくれたとしても言えなかった。
辞めることも、その理由も。


私が押し黙ると彼は溜息をついた。
「ごめん。なんか・・・ちょっと暴走した。」
「いえ、私の方が悪いんです。ごめんなさい。」
沈黙が包み込む。
周りの客の会話がちらほらと聞こえてくる。
駄目だ。
何か他の話をしなきゃ。
そう思って、ふいに頭をよぎったものは・・・。
「婚約・・・。」
「え?」
「ご婚約されたんですよね?今さらなんですけどおめでとうございます。」
「あ、ああ。」
「本当に何もかも遅いですよね、私って。本当は真っ先に言わなくちゃいけないのに。」
ははっとカラ笑いを零す。
「企画部のエースを旦那様にするなんて、相手の方は幸せ者ですよね。その陰で一体、何人の女性が涙を流すことか。」
「そんなことないよ。」
「いいえ。真島さんは女子社員にすごく人気があるんですよ。優しいし、頼りになるし、将来有望だし、後輩の面倒見はいいし。それだけ揃ってたら当然ですけど。って知らないんですか?」
「初めて聞いたんだけど、それ。」
「ホントに?」
「ああ。」
会話らしい会話がようやく様になってきた。
何年ぶりだろう、彼とのこんな会話は。
嬉しくなって顔も綻ぶ。
そんな私に彼は再び冷たい言葉を浴びせる。
「そんな頼りになる先輩に君は何も言ってくれなかったんだよな。」
「っ・・・。」
「ごめん、今のは意地悪だったね。でも今なら理由くらいは聞かせてくれるだろう?」
「そ、それは・・・。」
視線が揺れる。
どう言ったら彼を誤魔化せるだろう。
どうしたらこのピンチを切り抜けられるだろう。
でも、何も考えられなかった。
仕方なく、曖昧に言葉を選ぶことにした。
「私、逃げる道を選んだんです。」
俯いたまま口を開いた。
「逃げる?」
彼の問いかけに頷く。
「聞いたら真島さん、きっと私を軽蔑すると思います。」
「なぜ?」
「仕事一筋の真島さんから見たら私の選択は馬鹿げているからです。」
「馬鹿げているとわかっているのに君はそれを選んだの?」
「・・・そうです。」
私の返事を聞いて、彼はしばらく無言になった。
顔を見る勇気もなかった。
でも沈黙が続くことも我慢ができなかった。
だから話を続けた。
「私、好きな人がいるんです。もうずっと好きで・・・でも手の届かない人で。苦しくて・・・これ以上その人を想うことが辛くて。・・・逃げることにしたんです。」
「それが辞める理由か。」
「・・・はい。」
私の返事に前からふーっと息を吐く音が聞こえる。
「ホントに馬鹿げてる。」
「・・・はい。」
彼の言葉が重く自分に乗りかかった。
「でもそれでも君は今よりも幸せになれるんだろう?」
「え?」
はっと顔を上げると彼はまじめな顔で自分を見ていた。
「逃げて幸せになるならその選択は間違ってないと思う。」
「真島さん・・・。」
「まぁ、俺としては期待していた後輩がいなくなるのは残念だけどな。」
「期待…ですか?」
「ああ。これまでの君は飛び抜けた発想が出来るわけじゃないけど、クライアントの望むものの中で出来るだけのプランを見出すことができていた。今はまだ未熟な発想だとしてもそれは経験次第だ。だからこれからだって思ってたんだよ。」
そう言って彼はビールをコクっと飲んだ。
私のこと、そんな風に考えてくれていたんだ。
すごく嬉しかった。
でもその期待を裏切る決意をしたのは私。
もう手遅れだ。


「相手には気持ちをぶつけないの?」
帰り道での突然の問いかけに目を見開いた。
彼の顔が見れず、ただ足元を見ながら歩き続ける。
「ぶつけても迷惑なだけです。本当に手の届かない人だから。」

あなたです。

そう言えたらどんなに楽だろう。
もし言ってしまったら彼はどんな顔をするだろう。


何度も断ったのに、彼は家まで送ると言って聞かない。
結局、マンションの前まで送ってもらうことになってしまった。
最後の最後まで優しい人。
優しすぎるよ。


なんだか・・・馬鹿みたいだ。
私だけがこんなに想って、辛いなんて。
だからだろうか。
あんな馬鹿げたことを口にしたのは。


「真島さん、こうして会うのもきっともうないだろうし、最後にゲームをしません?」
マンションの前で私はそう言って彼を見上げた。
「ゲーム?」
「そう。自分の人生を掛けたゲーム。」
「ははっ。いきなりだなー。しかもなんだか嫌な予感がする。」
「当たり前です。人生を掛けるくらいですから。どうします?」
「うーん・・・内容を聞いてから決めようかな。」
「簡単です。私の部屋のカギが右手と左手のどちらに入っているかを当てるゲーム。勝った方は1つだけ負けた方に好きな命令が出来る。もちろん人生をかけるくらいの。」
「人生をかけるくらいのもの、か。じゃあ俺が負けたら、川原さんの言う事をきくってことか。」
「そうです。もし私が負けたら真島さんの言うとおりにします。」
そう言うと彼は顎に手をやり、困っている様子が窺えた。
「後輩の最後のお願いだと思ってやりません?」
優しい人だとわかっているからこそのこのセリフ。
きっと彼は断れない。
「わかった。」
そう言って頷いた。
それを見た私は鍵を片手に持って両手を自分の背中に回す。
どちらの手に鍵を隠そう。
これは私の人生をかけたゲーム。
手に汗がじわりと滲む。
「選んでください。」
そう言って彼の前に右手を左手をそれぞれぎゅっと握りしめて差し出す。
彼は暫くじっと私を見つめ、そして迷いもせずに左手を指さした。
「左手でいいんですね?」
「ああ。」
背中に冷たい汗が流れ落ちた。
それを感じながらゆっくりと両手を開く。
握りしめ過ぎた手は赤い部分と白い部分がくっきりと分かれていた。


「あそこの花壇の前にあっち向きで立ってください。あ、目もつぶっていてくださいね。」
建物の蔭にある花壇を指さした。
「それが・・・バツゲーム?」
「そう。私がいいと言うまで絶対に目を開けてもダメ。あと動いてもダメ。」
「・・・わかった。」
そう言って歩いていき、花壇の前で止まった。
「目を瞑ったよ。」
「じゃあそのままで。」
そう言って私は彼に歩み寄った。
そして花壇の縁にそっと登り、彼の唇に自分の顔を近づけた。


触れた瞬間、彼が驚くように少し動いた。
それでも私は止めない。
ゆっくりと温もりを確かめるように唇を動かす。
彼の口が開き、何かを言いかけようとしたがそれを塞ぎ、無理やり舌を絡まようと試みる。
でも彼はそれに動じない。

悲しい現実。

それを肌で感じ、さっと体を離した。
「き、今日はありがとうございました!それと今日まで本当にお世話になりました!陰ながら真島さんのご活躍を応援してます。それじゃ失礼します!」
彼からの決別の言葉を聞くのが怖くて、彼にそれだけ伝えると建物の中へと走り逃げた。

何をやってるんだ、私は。
どこまで馬鹿なんだろう。


あれから3ヶ月。


私は新しい職場にいた。
そこでもやはり企画部。
彼は最後まで私に自信を持たせてくれた。
『これからだって思ってたんだよ。』
どこかで彼の言葉が残っていた。
だから私は転職しても企画に携わっていた。
最近はずっと残業続きで彼のことを忘れるには丁度良かった。
何かをしていれば他の事に意識を取られることはないから。


どうして・・・?


マンションの前に彼が壁に寄りかかっていた。
胸が騒ぎ出す。
何しに来たの?
もう会うことはないと思ってたのに。
ようやく心も落ち着いてきたところなのに。
また私に苦しい想いを植え付けようとするの?
動けない私に彼が気づく。
そしてゆっくりと近づいてきた。
「・・・久し振り。」
そう言う彼の表情はどこか硬い。
彼の視線が痛くて、俯いた。
「どうして・・・ここに?」
その問いかけに彼は答えず、私のすぐ前で立ち止まった。
そして、
「君に伝えたいことがあって。」
彼が私を見てるのがわかる。

「あのバツゲームの威力はすごいよ。」

唐突な話題。
バツゲームって・・・あのコト、だよね。
そこでようやく顔を上げた。
彼と視線がぶつかり、目が離せない。
「あのキスがずっと頭から離れなかった。」
「す、すみません!あの、気にしないでください。あれは本当にただのゲームだったんです。深い意味はなくて。」
「ホントに?」
「はい。真島さんがあまりにまじめだったから最後にからかいたくなっただけなんです。ははっ、最低の後輩ですよね。」
無理して笑いながら、ごまかす。
「嘘つき。」
「え?」
彼がぽつりと零した言葉に乾いた笑いが引いていく。
そんな私に彼は言った。
「あんなキスされて、気づかない方がおかしいだろう。」
そう言って顔をすぐ目の前まで近づけてきた。
私は恥ずかしくてかぁっと顔を赤くしながら首を振る。
「た、ただの勘違いですって!」
「もう遅いよ。だって・・・。」
彼は近づけていた顔を離し、
「君の気持ちを受け入れるつもりでここに来たから。」
「・・・へ?」
今、何かすごくとんでもないことを聞いたような・・・。
頭の中が真っ白になっていて彼の言葉を呑み込めない。
そんな私に彼はさらに言葉を続けた。
「ちょっと時間がかかったけど、ちゃんとけじめはつけてきたから。」
「けじめって・・・。」
「俺の気持ちと周りのけじめ。」
そう言って彼はあの花壇の縁に腰をおろした。
「あのキスをきっかけに君の存在が俺の中でどんどん・・・いや、たぶん君が俺の後輩になった時からたぶん惹かれていたんだと思う。でもそういう自分を認めたくなくて仕事に没頭してた。いつの間にか君と話す機会も減ってきて、俺は俺らしく過ごすことが出来ていた。それなのにあのキスで一気に気持ちが呼び戻されたんだ。」
「ちょ、ちょっと待って下さい!だって真島さんには婚約者の方が・・・。」
「うん。彼女は仕事に支障をきたさない相手だったし、気が合った。だから結婚しようと思った。だけど君への気持ちを再確認したあのキス以降、俺は本当にあり得ないくらい仕事にも支障が出て、あげくに彼女とのデートでも脱け殻だった。」
「まさか。」
「本当。最高のパートナーだって思ってた彼女の事をそういう風に思えなくなっていた。そんな俺に彼女も気付いたんだ。だから・・・お互いに別れの道を選んだ。」
「う・・・そ・・・。」
「嘘じゃない。婚約破棄した。」
破棄・・・?
うそだ・・・だってあんなに愛し合っていたじゃない。
それなのに・・・。
「私の・・・せい?」
こんなことを望んだわけじゃない。
だけど、そういう結果を生み出してしまった。
「それは違う!破棄したことはあくまで俺と彼女の問題だ。いや俺の一方的な問題だったんだ。それに・・・あー、くそっ!そんな事を言いたいわけじゃないんだ。つまり、俺は・・・。」
花壇から立ち上がり、彼がまっすぐに私を捉える。

「君が好きだ。」
凛とした言葉が心を震わる。

ずっと欲しかった言葉。
ずっと望んでいたこと。

婚約者だった人への罪悪感が胸に広がる。
私が取った行動が原因で、幸せになるはずだった人を苦しめてしまった。
逆の立場になれば、それは明らかなこと。
でも。
それでも私は・・・

ゆっくりと彼に近づく。
そして彼を見上げ、
「私も・・・あなたが好き。」
そう告げた。
その瞬間、彼が私を引きよせ、そして抱きしめた。


罪悪感はこれから先も続くだろう。
でも私はそれを背負ってでも彼といきたい。
彼といられるならどんなことにでも耐えられる。
どんな罰でも甘んじて受け入れよう。
それが愛を得た私が出来る償いだから。





Copyright(c) 2008 樫野 珠代 all rights reserved.

本当に頂いてもいいのか緊張しております。
勝手にリンクを貼らせてもらっていたのに、相互してくださっていただけではなく、
こんなにうれしいものをくださるなんて!
珠代さん、本当にこんな素敵なお話くださってありがとうございますww
これからも、拙いサイトですがよろしくお願いします。

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