切なくて、恋しくて

23

私達は抱きしめ合い続けていた。
お互いの心臓の音を感じるくらい寄り添いながら。
規則正しい心臓のリズムは気持ちを落ち着かせてくれる。
「咲、本当にいいの?」
景山君がそう私の耳元でささやく。
「いいも何も私が決めたことだもの。
景山君は私にとって大事で好きな人だから。
正直に言うと裕也のことを好きな気持ちは本当だけど、景山君がそれでも私を受け入れてくれるのなら、そばにいたい。」
「俺は、咲がそばにいてくれるんだったら咲の気持ちが先輩に向いていてもいい。
いつか、どんなに先のことだとしても、少しでも先輩より俺のことを好きになってくれることを待つよ。
必ず幸せにするから、俺のそばにいて。」
そう言って景山君は私を強く抱きしめた。








その日は景山君の家に泊まった。
一緒に眠ったけれど、ただお互いを抱きしめながら眠っただけだ。
次の日は朝早くに起きて、私は家に着替えに帰った。
会社に行ける服装じゃなかったから。
景山君は私の家までついてきてくれて、一緒に会社へ出勤した。
出勤する間、景山君はいつもの彼に戻っていて、私を笑わせてくれた。
会社に着き、昼食を一緒に食べる約束をして別れた私に、千佳ちゃんが話しかけてきた。
「咲さん、おはようございます。
あれから裕也さんと会ってくれました?
気になって電話しようかとも思ったんですけど、自分から咲さんに電話掛けにくくって。」
「会うには会ったんだけど・・・。」
「そうですか。
咲さんの口からきちんと言ってもらえたら裕也さんは諦めてくれると思うんです。だから、必ず言ってください、お願いします。」
千佳ちゃんは私に両手を合わせ、拝むような形で言った。
「・・・わかったわ。」
そう答える私にパッと可愛らしい明るい笑顔を返してくれた。










昼食の時間になり、私は景山君と合流するために食堂へ向かった。
歩きながら朝の千佳ちゃんとの会話を思い出していた。

いいタイミングなのかもしれない。
裕也ともう1度話すのは。
でも、何だかおかしな気分。
これじゃ今までと逆だわ。
裕也に私のことを諦めてもらおうなんて思う日がくるなんて何だかおかしくなる。
あずみと話して自分の気持ちを確認したはずなのに、今の私は自分の気持ちと反対のことをしようとしている。
怒られるなあずみに。
でも、もう私は後悔しない。
自分で決めたことなんだから今度こそ景山君と一緒にいると決めたことを迷わない。


食堂に着くと、景山君はすでに座って場所を取ってくれていた。
「ごめん、遅くなったね。」
「そんなことないよ、俺は切りがいい所で仕事が終わったから早く来れたんだよ。
場所は取ってるから早くご飯取ってくるといいよ。」
そう言って私を促した。
私は列に並び、定食を選んで受け取ると、景山君が待っている席に向かった。
そして一緒に食べ始めた私達は、話しながら楽しく食事をしている。
「咲、結局休みの日はどこにも行けなかったから今週はどこか行こうか。」
「そうね、どこがいいかなぁ。」
「日にちはあるから行きたい所があったら言って。」
「分かった。
景山君は行きたい所はないの?」
「夏樹だよ、そう呼んでって言ったのにまた景山君に戻ってる。」
「そうだった、ごめん。
でも、景山君の方が呼びやすいんだけどな、正直に言うと。」
「そうなの?
でも、俺は夏樹って言われる方がうれしいから慣れて。」
ニッコリ笑いながら有無を言わさないと私に伝えてる気がした。
「仲がいいんだな。」
会話を続ける私達に声をかけてくるのは、裕也だった。
予想もしてなかった突然の登場に私は驚いてしまい、話すのをやめてしまった。
「席空いてるみたいだから一緒に食べさせてもらおうかな。」
そう言って裕也は私の隣に腰かけた。
「先輩、俺の隣も空いてますよ。」
「いや、咲の隣でいいよ。」
景山君の言葉を気にする様子もなく、私の隣に座る。
私は、裕也が隣に座ったことで身体が火照ってくるのを感じていた。
そして、鼓動が速くなってきていることも。
何とか自分の気持ちを落ち着かせようと水を口にした。
そうすることで、落ち着くと思ったから。


もう、裕也への気持ちは心の奥底で封じ込めた。
だから、今感じている思いは気のせい。


自分に暗示をかけるように言い聞かせながら早まる鼓動を落ち着かせた。
「咲、この間は話途中になってるから、きちんと話をしたい。」
突然裕也が私に話しかけてきた。
「何の話ですか?
話ならここでいいじゃないですか。」
景山君はそう言って、裕也をじっと見つめている。
「いや、咲と2人で話がしたいんだ。
だから、この後時間を作ってほしい。」
裕也は景山君の視線を気にすることなく、私の方を向いて話を続ける。
その視線は、私に同意を求める視線だった。
「咲も話があるんだろ?」
景山君の声に私はハッとなり、自分が裕也と見つめあっていることに気がついた。
「伝えないといけないことがあるって言ってたもんな。」
「伝えたいこと?」
景山君には昨日千佳ちゃんとの会話を話していた。そして、裕也との会話のことも。
その上で私が景山君を選んだことも伝えていた。
だから、そのことを言っているんだということに気がついた。
「そう、私も話があったの。
だから、この後話をしましょう。
屋上で待ってるから。」
私はそう言って立ち上がり、席を外した。
そんな私の後を景山君が追いかけてきた。
「勝手なこと言ったよね俺。」
「そんなことないわ、裕也とはきちんと話をしないといけないと思ってたから。
私は景山君の恋人だから裕也とは友達だってね。
だから、千佳ちゃんと付き合ってって伝えるつもり。」
「そっか、ありがとう咲。」
「何のお礼?」
「俺のことを選んでくれてありがとうってことだよ。」
「そんなお礼言われることじゃないわよ、本当のことなんだから。」
「でも、言いたかったんだよ。
じゃ、俺仕事に戻るよ。
今日はおいしいものでも食べに行こうよ、奢るから。」
「ホント?
じゃ、お昼から頑張って仕事しなくちゃ。」
「じゃ、また帰りに。」
そう言って景山君は手を振りながら私のそばを離れていった。
私は、裕也と話をするために屋上へと向かった。








今日の空はあいにくの曇り空だった。
そのせいか、いつもより肌寒く感じる。
私に手にはいつものようにコーヒーがある。
そのコーヒーを飲むと、身体の中から温まる気がした。
今から裕也と話をする。
裕也がどういう反応を示すか今の私には予測できない。
でも、どんな反応を裕也がしても今の私の心は変わらない。
今まで何度も悩んで、悩んで苦しんできた私だけど。
もう、2度と景山君を裏切ることはしない。
それだけは私の中で決めていること。
それが分かっているから景山君は私と裕也を2人きりで話をさせるつもりになったんだろうと思う。
そんな景山君の気持ちを私は受け止めなければいけない。




「咲、待たせたな。」
「そんなに待ってないわよ。」
「今日は空を見てないんだな。」
「だって、曇り空だから見ても気持ちがすっきりしないわ。」
「それもそうだな。」
裕也はゆっくりと私に近づいてきながら話しかけ、私もそんな裕也の言葉にいつもと変わらない声で返事をする。
「咲が話したいことってなんだ?」
私の隣に立って裕也が問いかける。
「私が話したかったことは、裕也が話したいことと同じようなことかな。
この間きちんと話をしないといけなかったこと、私は裕也のことを何とも思ってない。
だから、裕也は千佳ちゃんと付き合ってほしいと思ってる。」
私はゆっくりとそう伝えると、
「そんな言葉は聞きたくないよ。
この間咲言ったよな、何で早く言ってくれなかったのかって。
それは、俺のことが好きだからそう言ったんじゃないのか?」
「確かに言ったわ。でも、こうも言ったわ、もう遅いって。
私には景山君がいる、裕也には千佳ちゃんがいる。
私は景山君と一緒にいることを選んだ。
だから裕也には千佳ちゃんといることを選んでほしいと思ってる。」
「好きだとは言ってくれないのか?」
「言えないわ、好きじゃない人に好きだなんて。」
「嘘つきだな咲は。
俺達は両想いだということはお互い気づいてることだ。
それなのに、そうやって自分の気持ちに嘘をつくのか?」
「嘘はついてない。
裕也のことが好きだった。
でも、今は夏樹のことが好きなの、大事なのっ。
だから、私は裕也と付き合うことはできない。
それが今の私の本当の気持ち。
それを裕也に知ってほしかった。
だから裕也には千佳ちゃんの所に戻ってほしい。そう願ってる。」
「俺が咲を好きだという気持ちは変わらない、何と言われても。」
「裕也!何で分かってくれないのよ!!」
「分かってないのは咲の方だ。
俺はお前を失いたくない。
だから、はいそうですかと諦められないんだよ、咲に迷惑がられてもね。」
裕也は自分の気持ちをストレートに伝えてくる。
そのストレートさが心の奥底に鍵を閉め封じ込んでいる私の気持ちを揺り動かす。
でも、今の私はその鍵を頑丈に閉め直す、そうすることを決心したから。
だから、
「本当に迷惑だわ、私の気持ちを無視するなんて。
裕也にこれ以上思われても私は返せる気持ちがないから。
私からの話はそれだけ、もう友達にも戻れないわね私達。」
私はそう言って裕也のそばを離れる。
でも、裕也は私の前に立ちふさがり通そうとはしない。
「これじゃ通れないわ、早くどけて。」
「嫌だと言ったら?」
「それじゃ、無理やり通るしかないわ。」
そう言って、裕也の身体を押しのけ私は歩きだした。
「俺はもう誰とも付き合わない、咲のことが好きだから。」
裕也はしっかりとした口調で私に伝える。
でも、私の心はその言葉を聞いてももう揺り動かない。
鍵を閉めてしまったから。
私は裕也を振り返ることなく屋上を後にした。
裕也がじっと私の背中を見つめていることに気付きながら・・・・。
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