砂糖菓子のような想い



桃依を腕の中に閉じ込めたまま眠りについた俺だったがすぐに眠ることは出来ず、桃依の穏やかな寝顔を見つめたまま時間はゆっくりと過ぎていった。
そんな時間をすごした結果、俺の睡眠時間は当然ながら短いものとなってしまったが、そのことを悔やむ気はさらさらない。
短い睡眠時間よりも、俺の腕や身体すべてに残っている桃依の柔らかな感触や温もりの方が俺の心を苦しくさせる。
求めてやまないもの、それが一晩腕の中で過ごしていたのだから。






桃依より先にベッドから抜け出した俺は、離れがたい気持ちを感じてしまい、夜と同じように柔らかな桃依の唇に自分の唇を重ねた後、着替えを済ませ部屋をでた。
下に移動するとおばあ様も目覚めていたようで庭にいることを教えられる。
庭では、きれいに咲き誇る花に囲まれたおばあ様が立っており、俺に気づくと、
「おはよう秋定。
桃依さんは?」
と、微笑みを見せながら聞いてきた。
「おはようございますおばあ様。
桃依はまだ休んでいます。
疲れているはずなのでもうしばらく寝かせておいてあげてください。」
「そうね、旦那様になる人の実家に来ているのだから精神的に疲れてしまっているはずだわ。
ゆっくり寝かしておいてあげましょうね。
でも、本当に良かったわ、秋定が桃依さんのような人と出会えることが出来て。
これで私の肩の荷も下りたと言えますよ。」
「肩の荷が下りたというのは?」
俺はおばあ様が言う肩の荷という言葉の意味を何となく分かってはいたが、おばあ様が思う理由と全く同じかと問われれば自信はなかったので、問いかけてみる。
ゆっくりと俺に近づいてきながらおばあ様は俺が思っていた理由と少しだけ違う内容を話始めた。
それは、俺がおばあ様にとっていつまでも可愛い孫であり、守られてきていたことを感じる言葉だった。
「あなたにはずっと辛い思いをさせてきたと思っています。
あなたの祖父である私の夫が、後継者としてしかあなたに接していなかったことが、どれだけ心を痛ませていたのだろうと。
決して私1人が与えるだけでは満たされないものがあったはず。
そのことがあなたに大切な人を見つけ出すということの妨げになってしまっていたのではないかとずっと思っていたの。
けれど、今回桃依さんと会い、話をしたことでその心配を払拭させてくれるだけの言葉をもらえたわ。
秋定、本当に良かったわね、桃依さんと出会えて。
桃依さんを大切にしてあげるんですよ。」
おばあ様の言葉を聞き、自分がどれだけおばあ様に対して心配をかけていたのかということを改めて知ることになってしまった。
しかし、おばあ様を安心させたいという桃依に伝えている計画はこの言葉で達成されたと言えるだろう。
だが、それは、それだけ桃依が契約者としての役目を果たしてくれていたのだろうということを意味している。
いいことのはずだが、俺の中に葛藤を生まれさせる言葉だ。
契約者としての仕事をしっかり果たしてくれている桃依、だが、おばあ様が言うように大切にしたいと思える唯一の女性。
だから、今の関係から一歩踏み出さなければいけない。
本当は契約者としてではなく、桃依にそばにいてほしいのだと伝えることを。
だが、桃依にとっては寝耳に水な話だろう。
本当のことを言えば逃げ出される確率の方が高いのは目に見えている。

逃がしはしない。
桃依が俺から離れることは許さない。
おばあ様を利用しても、他の手を使っても。

俺の中で本性をむき出しにしたもう1人の俺が囁く。
「戻りましょうか。」
自分の考えに意識を集中させていた俺は、おばあ様の声にハッとする。
その後、おばあ様の手を取りながらゆっくりと歩き出した。
今まで考えていた自分の考えを心に秘めながら。












「もう少しゆっくりしていくといいのに。」
焦った様子で起きてきた桃依とおばあ様と一緒に遅めな朝食を食べた後しばらくしてから引き留める言葉を口にするおばあ様に別れを言い、車に乗り込み家までの道のりを帰って行った。
家に帰り着いた桃依と共にスーパーで買ってきた袋を持ち、リビングで一息ついていた。
「おばあ様は桃依のことを気にいってくれたみたいでよかった。
これでおばあ様もとりあえずは安心してくれるだろう。」
今回の訪問に対しコーヒーを口にした後そう言うと、
「そうだといいけど。
でも、優しいおばあ様を騙してしまっていることが申し訳なくてたまらないわ。」
桃依は申し訳なさそうな表情をしながらそう口にした。
その言葉と表情で桃依がおばあ様のことで心を痛めていることを感じる。
だが、もう1つ俺の中に生まれた思いがあった。
それは、桃依の言葉につけ込めるのではないかという考えだった。
桃依が申し訳ないと思っている気持ちをこのまま利用し、俺の正直な気持ちを伝えれるのではないかと。
だから、
「・・・・、騙さずに本当にしたらいいんじゃないか?」
「え?」
「本当にしたらいい、と言ったんだ。」
じっと桃依の瞳を見つめ、素直な自分の想いを込めて伝える。
この言葉で桃依がどういう返答をするのか予測がつかず、今まで感じたことがないほどの胸の鼓動を感じていたが、今日までの日々を共に過ごし、僅かな期待を込めての言葉だった。
だが、桃依の口から発せられた言葉は、俺が求めてはいないもっとも聞きたくはない返答だった。
「秋定さんも冗談なんか言うのね。
もう、私達は契約しているだけなんだからそんなこと軽々しく言っちゃいけないわ。
よしっ、今から夕飯の用意するから秋定さんは休んできてください。
1人で台所に立った方が集中できるから。
おばあ様には負けるとは思うけれど、食後のお菓子も作るから忙しいわ。」
俺の言葉を冗談だと、冗談にしか思えないと桃依が言う言葉が、俺達が契約者以外の関係になることはないのだと知らしめ、動悸を強めていたはずの俺の胸が、鋭く尖ったもので刺されたのではないかと思えるほどの痛みを与える。
「桃依・・・。
そうだな、私達は契約者だったな。」
声が詰まるのを自覚しながらもこれ以上のことを口にすることも出来ず、この場にとどまることもできず、
「書斎にいる。」
じっと見つめていたはずの桃依の瞳から目を逸らし、書斎までの短い距離をいつもより遠く感じながらリビングを後にした。
書斎に着き、力なく椅子に腰かけた俺の頭の中では、先ほど言われた桃依の言葉が繰り返されていた。
それは、俺に桃依が俺のことを好きになることはないのだと知らせているかのように・・・。












それからの俺は、現実を受け入れることが出来ず、桃依との距離を取るようになってしまっていた。
本当は早く桃依をこんな不自然な生活から手放さなければいけないと思いながらも、自分のものになることがない桃依を手放せない。
桃依の気持ちを手に入れることが出来ない俺が、これ以上共にいるわけにいかないことは分かってはいたが、せめて、契約期間である半年という時間を今の距離で過ごしたいという欲が留める。
そのくせ、自分の感情が暴走してしまわないよう桃依を避ける俺の行動は、不自然なものだった。
今まで喜んで帰っていた家には遅くに帰り、折角用意してくれている食事やお菓子を食べない日が続いていく。
やっと見つけたと思っていた物を手に出来ない苦しみが俺を足搔かせる。
そんな日が続いたある日、朝社長室で書類の確認をしている所に公浩が訪ねてきた。
「何だ?
今日は公浩が来るような用事はなかったはずだが?」
公浩を確認した後すぐに書類に目を戻しながらそう言うと、
「仕事のことで来たわけじゃない。
秋定の友人としてきたんだ。」
ゆっくりと近づきながらいつもと変わらない口調で公浩はそう言った。
「友人としてだったら仕事が終わってからにしてもらおうか。」
「そうも言っていられない状況のようだから聞けないな。
お前達何があったんだ?
急によそよそしい態度で、こっちは気になって仕事に集中できない。」
「お前達とは?」
「分かってるくせに聞くんだな。
桃依と秋定のことだ。
あんなに機嫌良さそうにしていたくせにどうしたっていうんだか。
1人で悶々と悩むぐらいだったら相談してこい。
このままだと仕事にも影響でるみたいだからな。」
すべてを知っているという視線を向けながら公浩は問いかけてくる。

どうしてこいつは人の心の中を探るのがうまいのか。

フッと大きく息をつき、書類に向けられていた視線を公浩に向けながら両肘をつき、手を重ねる。
「なんてことはない、あたりまえのことに気づいただけだ。」
「あたりまえのこと?」
「そうだ、桃依が手に入ると思っていたのが自分の驕りだということをな。
公浩に協力してもらったが、桃依の気持ちを手に入れることは出来ないようだ。
社長と秘書という関係を変えることが出来なかったよ。
それが分かっているのに、桃依との距離を以前のように戻せない。
情けないことに足搔き続けている最中だ。」
「それは、自分の気持ちを伝えた結果の足搔きなのか?」
公浩は真剣な表情を見せながら机に手をつき、問いかけてくる。
だが、俺は苦笑をするしか出来なかった。
「伝える必要もないだろう。
結果が分かっているんだからな。」
「それは本当に分かっていることなのか?
口にもしていないことに結果も何もないだろ。
お前は逃げているだけだ、どうしてそのことに気がつかないんだ?
本当に欲しいと思うものを欲しいとどうして口にしない?
たとえそれが駄目だったとしても本当に欲しいと思うものを簡単に諦めることが出来るのか?
欲しいものが手に入るまで足搔いてみろよ。
本当に欲しいものはどんなことをしても手に入れる、それだけの貪欲さはお前にはあるだろうが。
お前がいう足搔きなんて俺に言わせれば足搔いてなんかない、臆病になっているだけだ。」
いつにないほど強い口調と真剣な表情で公浩はそう言って俺の答えを待つ。
そんな公浩の言葉は、俺の心を揺さぶり考えさせるには十分な効果があった。
これまでの俺の行動、考えを変えるほどの。
確かに俺は認めたくはないが臆病になっていた、このまま桃依の日常から俺という存在を消え去られることを。
だから、今の状況を少しでも長く、長くと。
どんなことがあっても手にいれ、逃がさないと思うほどの強い想いがあったというのに。
それだけ桃依からの言葉に打ちのめされていたということだろう。
執着とよんでもいいほどの強い想いがあるのに・・・。

まさかそのことを公浩に気づかされるとは思ってもなかったが。
そうだな、俺ははっきりと伝えてはいなかった、正直な素直な気持ちを桃依に。

本当の足搔きというものをしてからだな、諦めるというのは。
だが、すぐには諦めない。
初めて欲しいと思った女性、桃依を。

「何だか吹っ切れたような顔になってきたな。」
「珍しく公浩から諭されたからかな。」
「珍しくはないだろう。」
「そうか?」
そう言った後、どちらからともなくニッと笑いながら顔を見合わせた。
「良い表情だ、これで今日はしっかりと仕事ができるな。
じゃそういうことで今日も1日頑張ってください、社長。」
「ああ。」
「それから言い忘れてたが、桃依はおばあ様とお出かけで早退だ。」
「何?」
「詳しいことは桃依が帰って来てから聞いてくれ。
ということで俺は仕事に戻るかな。」
じゃ、と手を振りながら社長室を後にする公浩にどういうことかと声をかけるが、答えることなく扉が閉じられた。
再び公浩を呼び戻そうと電話に手を伸ばしたところに邪魔が入り、出来ないまま仕事を開始するしかなくなってしまった。
しかも、いつになく忙しい業務に、気がつけば就業時間も過ぎていた。
室内の明かりが外の暗闇に溶け込む時間を過ごしていると、携帯が鳴り確認すると桃依からだということに気づく。
通話ボタンを押し、耳元に近付けると桃依の声が鼓膜に響いてきた。
「あっ、あの・・・・、桃依です。」
「秋定さん、今日は帰りは遅くなる?」
「どうしてだ?」
「私、秋定さんに話したいことがあって。
料理も作ったし、お菓子も用意したから早く帰ってきてくれたらうれしいなと思って。」
「桃依からの話か、何だか怖い気がするな。
でも丁度良かった、私も桃依に話したいことがあったんだ。
だから早く帰る。」
「私に話したいこと?何?」
「電話ではゆっくり話せないから話にくいな。
桃依は電話で話せるような内容なのか?」
「それは無理。」
「では、もうしばらくしたら帰るから待っていてくれ。」
「わかった。
気をつけて帰ってきてね。」
「ああ。」
通話を終わらせた俺は、携帯を持ったまま桃依が言いたいといっている内容がどういうことなのかと考えを巡らす。
だが、思いつくことは1つ、契約についてだろうと。
だから、俺も伝えたいことがあると伝えたわけだが。
大人しく桃依の言い分の聞くわけにはいかない、足搔くと決めた今となっては。
その後、急いで帰れるよう仕事のスピードを上げる俺だった。





仕事を終わらせた俺は、逸る気持ちを抑えながら車の後部座席に乗り込む。
いつもなら気にならない安全運転が俺をいらつかせる。
やっと着いたマンションで車から降り早足で部屋へと向かう。
玄関に入り靴を脱いだ後、リビングへ向かうと声が聞こえてくる。
その声は桃依の声だけでない女性の声が混じっていた。
その声が聞いたことがあるような声だと思いながらドアノブに手をかけようとすると、
「あなたが秋定の婚約者?
ちょっと冗談やめてよね。
まったく、私が結婚したがらなかったからってこんな子を婚約者にするなんて秋定もどうかしてるわね。
あなた、私が帰ってきたからんだからもう用はないわ、あなたなんかより美登理(みどり)の方がいいって秋定も言うはずだから。
あなたは用済みよ。」
その声が美登理のものだということに気づく。
だが、話の内容が見えない。
どうして美登理がこんなことを言っているのか。
俺は美登理と結婚の約束をした覚えもない。
そんな考えが浮かび、俺の動きを止める。
そんな時、美登理が桃依に向かって言葉を続ける。
そして、
「秋定さんは私が作るお菓子をおいしいと言って食べてくれます。
手作りのお菓子が秋定さんにとってどんなものかあなたは知っていますか?
秋定さんにとって手作りのお菓子がどんなに大切なものか知らないあなたが秋定さんを大切にしてくれるとは思えないっ!」
桃依は、強い口調ながらも俺を想っての言葉だと感じさせるには十分な言葉を口にした。
俺の心を震わせるには十分な言葉を。
動きを止めていた俺の身体は、桃依の言葉が合図だったかのように動き出し、俺に背を向けたままの桃依の身体を引き寄せ抱きしめた。
このまま俺の気持ちが桃依に伝わればいいのにという想いと愛しさが交差した状態で。
そして、目の前に立っている美登理に厳しい視線を向けながら口にする想い。
「お前じゃ俺を幸せにすることは出来ないんだよ。」





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