砂糖菓子のような想い



公浩が家に来てから桃依が俺のことを名前で呼ぶようになって1カ月。
これといって俺達の間に進展はない。
いや、ないこともないな。
時々桃依が作ってくれるデザートを食べているが、俺の好みを分かってくれていると思えるほど口に合う。
そんな時は自然と自分の表情が緩んでいるのが分かる。
だからなのか、桃依はそんな時は秘書の顔を見せることなく俺に接してくれるようになった。
顔を緩ませる桃依の表情を見ることが以前より多くなっていることが素直に嬉しくなる。
嬉しく思う気持ちが期待と欲を俺の中で大きくさせてしまう。
このまま契約の関係ではなく、本当の夫婦に自分が思っていたよりも早くなれるのではないかと。
そう思うと、仕事も早く済ませ桃依が待つ家に帰り、2人だけの時間を多く過ごし、桃依に自分の気持ちを伝えるべくタイミングを計る日々。
早く自分の気持ちを言ってしまえばいいのかもしれないが、自然な様子を見せてくれるようになった桃依が、契約結婚をすることになった理由が嘘だと知ったことで俺のそばから離れてしまうのではないかという考えも同時に浮かび、実行することが出来ない。
もう、桃依の他人行儀な言動を受け入れられなくなっている俺は、今回の計画で自分の首を絞めてしまっていた。

これほど物事を弱気に考えているのは初めてのことだな。
それだけ桃依を失いたくないのだろう。
桃依への想いが溢れだしそうだ。
そんな自分に驚きはするが、嫌じゃない。
逆に温かいものが俺を包み込んでいる。
これが、恋というものなのかもしれない。
この歳になって初めて知った想いだけどな。


しかし、桃依の変化が自分の変化のせいだということにはまぬけにも気付いてなく、桃依も同じように悩んでいたことを結婚してから知ることになる。












「桃依、そろそろおばあ様に会ってもらおうと思う。」
金曜の夜、桃依が作ってくれた俺好みのプリンを食べながら言うと、桃依はしばらく動きを止めて俺を見つめていた。
そんな桃依の様子に気づいてはいたが、俺はそのまま話を続けた。
「明日、おばあ様に会いに行くからそのつもりでいるように。」
「あっ、明日!?
そんな急に言われても心の準備ってものがあるのに。」
「以前から桃依におばあ様と会うことは伝えていたんだから心の準備はできているはずだと思っていたんだが。
とにかく、これは決定事項だからそのつもりで。」
「決定事項って、確かに秋定さんのおばあ様には会うつもりではいたけど、何も前日に言うことないのに。
明日行く気でいたんだったら週始めに言ってくれたらこんなに驚かなかったわ。」
「いつ言おうがおばあ様の所にいくことには変わりがないと思うんだが。」
「気持ちの問題なのっ!」
桃依は頭の中の整理がつかないのか興奮した口調で話していたが、しばらく考えた後、ゆっくりと息を吐き俺に視線を戻す頃には、落ち着きを取り戻したようだった。
「明日は何時に行く予定にしているの?」
「そうだな、おばあ様はお昼過ぎまでは出かけると言っていたからその辺りは調節して昼食を食べた後に出かけることにしようと思う。」
「じゃ、家で食べてから行きましょうか。」
「桃依も作るのは面倒くさいだろうから外でいいと思ってたんだが。」
「駄目です、家で食べましょ。
秋定さんは外食が多いんだから家で食べれる時はきちんと私がご飯を作るようにしたいの。
秋定さんは外食の方がいい?」
「いや、桃依が作ってくれると言うんだったら家の方が落ち着いて食べられるから家の方がいいよ。」
俺は素直な気持ちでそう言った。
今では外食でおいしいと言われている店に行くよりも、桃依が俺のために作ってくれた料理が何よりもおいしく感じているからだ。
桃依が俺のために作ってくれるということが、それだけで俺を幸せな気持ちにしてくれるから、自然と表情を緩んでしまう。
だから、桃依の言葉に自分の表情が緩んでいることに気づきながらも、隠すことなく桃依に視線を向ける。
しかし、そんな俺の表情もいつまでも続くことはなかった。
桃依の一言で、自分の想いを否定されたような気になってしまったからだ。

「当然よ。
秘書として私は秋定さんの体調管理をしないといけないんだから。」

桃依は当然のように言った言葉だということは分かっている。
だが、頭で分かっていても感情がついていかない。
今、幸福な気持ちをかみしめていた後だから余計に、だ。
俺の勝手な感情だと分かっていても、不機嫌さを隠しきれない。
「そうだな、桃依は秘書としての責任感が強いんだったな。
その気持ちを忘れずに明日はしっかりおばあ様に私達の契約結婚がばれないように妻を演じきってもらいたいものだな。
じゃ、私は疲れたから休む。」
今まで見せていた表情は影をひそめ、席を立った俺は、桃依の顔を見ることなく自分の部屋へと戻った。






戻った後、椅子に身体を預けるように座りながらリビングでの会話を思い出す。
自分がとった大人げない行動にため息をついてしまう。
桃依は思っていることを口にしただけだと分かっていながら、自分の感情をあれ以上爆発させないようにするのが精一杯だったせいで素気ない態度をとってしまった。

くそっ。
あんな態度をとってどうするんだ。
桃依、驚いたような悲しそうな表情をしていた。
あんな表情をさせたいわけじゃないのに。
俺の勝手な感情のために桃依を傷つけたくはないのに。

自己嫌悪に陥っていた俺は、椅子から動くことができずにいたが、携帯が鳴りだす。
しばらく放置していたが、鳴りやまる様子を見せないことにいらつき通話ボタンを押した。
相手は公浩で、このタイミングで出るのではなかったという気にさせる。
「なんだ。」
「不機嫌な声を出してどうしたんだ?」
「どうもしない。
用件はなんだ。」
「おいおい、機嫌が悪いからって人に当たるなよ。
何があったんだ?
どうせ、桃依と何かあったんだろうけど。」
相変わらずな口調で言い当てる公浩に心の中で舌打ちしていたが、そんな俺の様子が分かっているらしく、気にする様子もなく話を続ける。
「相変わらず変化なしみたいだな。
明日だったろ?おばあ様に会いに行くのは。
それなのに、いつまでも桃依と先に進まないのはどういうことなんだ?
ここまでセッティングしたっていうのに。」
「物事はそう簡単に考えている通りにいかないということだ。」
「珍しく弱気なんだな。」
「悪いか。」
「いや、いい傾向だよ。
なー秋定、人間ちょっとだけ素直になることでいいことがあるかもしれないぞ。
何があったのか詳しくは分からないが、俺のありがたい助言を聞いてみるのもいいかもしれないぞ。」
穏やかな口調で、いつものからかう口調ではなく話す公浩の言葉に珍しくも気持ちを落ち着かせ聞くことができた。
「ああ、そうすることにする。」
「本当、いい方向に変わってるよな秋定。
いいことだよ、じゃあな。」
「おい、何か用事があったんじゃないのか?」
「また後日で構わないよ。
急ぎじゃないし。」
「そうか。」
そう言って電話を切った俺は、椅子から立ち上がり公浩の言葉を頭の中で思い出していた。












早くに目が覚めた俺は、リビングに向かったがまだ桃依は眠っているようで姿が見えない。
一晩経ち昨日の自分の態度を考えると褒められたものではないと改めて思う。
そう思ってはいるが、お腹は空いてくるもので、桃依が起きてこないのだろうかと思ってしまう。
だが、そんな考えも勝手なものだと思い直した俺は、いつも桃依に作ってもらっているのだからたまには俺が作ってみるのもいいのかもしれないと思い、台所に立ってみる。
立ってみたはいいが、今まで料理などしたこともない。
そんな俺が料理など出来るのかと考えるが、1度思ったことをやめるのも情けない気がして、見よう見まねで用意を始める。
決して簡単ではない作業に、いつもおいしい料理を用意してくれる桃依への感謝の気持ちが起きていた。
そんな想いの中、悪戦苦闘しながら料理を作り終えたはいいが、見かけは悪いものが用意され、思わず顔をしかめてしまう。

何だこれは。
桃依は喜ばないだろうな、こんな物見せられても。

溜め息がでるほどの目の前の料理を前に立ちつくしていたが、いつまでもそうするわけにもいかないだろうと思い、桃依を起こすべく移動を始めた。
すると、桃依は俺の部屋の前に立っていて声をかけると驚いた表情で俺を見ている。
「秋定さんご飯食べに外に行ったんじゃなかったの?」
「どうしてそんなことを思うんだ?
桃依が家で食べると言ったんだろう?」
「それはそうなんだけど、こんなに遅い時間まで自分で作ると言っておきながら寝てたから私。」
「疲れが溜まっているんだろう。
とりあえずご飯は作っておいたから食べるぞ。」
「作った!?秋定さんが!」
「私が作るのがいけないのか。」
「いけなくはないけど、想像ができなくて。」
まじまじと俺を見つめている驚き顔の桃依の視線が痛くて、
「折角私が作ったんだから早く食べるぞ。」
桃依に背を向けてリビングに歩き出した。






「いただきます。」
椅子に腰かけた桃依は両手を合わせ、そう言った後俺が作った料理に視線を向ける。
「無理して食べなくてもいいからな。」
自分で食べた後、味付けのことなど何も考えていなかった結果が口の中で主張していることに、そう桃依に声をかけた。
しかし、桃依は、
「大丈夫よ。」
そう言った後、気にする様子も見せず料理を口にしていく。
桃依の優しさなのだろうと思うと、料理を作ったことで無理をさせてしまったと後悔してしまう。
こんなにおいしくもない物を用意したことを。
「でも、どうして急に食事なんて作ろうと思ったの?」
「何となく作ってみようと思っただけだ。」
「何となく?」
「そうだ。」
後悔していることで、話しかけてくる桃依に対してまたもや素っ気なく返答する自分に嫌気がさす。
どうしてこんな態度しかとれないのかと。
だが、昨日公浩が言っていた言葉を思い出し、気持ちを切り替えるためにも、
「昨日は、・・・・・悪かった。」
素直な、俺が言える精一杯の言葉を口にした。
だが、桃依といえば、
「何が?」
俺の言葉の意味など分からないといった表情で聞き返してくる。
思わず勢いをそがれたせいで肩を落としそうになってしまったが、いつになく素直になれた自分といつもと変わらない様子の桃依にホッとするのが正直なところだった。
そして、
「ありがとう秋定さん食事を作ってくれて。」
今まで見たことがない満面の笑みといっていいほどの笑顔でそう言ってくれる桃依に、
「たまに作るのもいいものだからな。」
そう言われ、俺も自然と笑顔になっていた。



その日の朝食兼昼食の時間は、穏やかな空気の中で過ぎていった。





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