砂糖菓子のような想い


4


夕食を終えた俺達は、それぞれの部屋に戻り、それぞれの時間を過ごすことになった。
正直な気持ちとしては、もう少し桃依と一緒に過ごしたいと思うが、桃依にしてみれば、今の俺は社長であり契約者で、一緒にいるには居心地が悪いだろう。
焦りは禁物、そう思い大人しく書斎で仕事を再開させることにした。
だが、そう思っていても離れてはいるが同じ空間に桃依といる現実に俺の意識は向けられたままで思うように仕事を続けることは出来ない。
桃依と過ごしていた時間が余計にそう感じさせているのだと分かっている。
そうだとしても、感情のままに行動しても桃依を手に入れることが出来ないことを分かっているから自分の中での葛藤が続く。

こんなにも俺の心をかき乱すことが出来るのは、今まで誰もいなかったな。
俺にもこんな感情があったのだということを桃依は気づかせてくれる。
人として欠けているものがあると思っていた俺だったのに、そうではなかったのだと桃依は教えてくれている貴重な、大切な存在。
おばあ様が言っていた、言葉の意味が今なら分かる。
俺にも出会うことが出来たんだな。



「どうした?」
ノックの音が聞こえドアを開けると、風呂上がりだと思われる桃依が立っていた。
桃依からは、風呂上がりのせいかいい香りが身体を包んでいて俺を誘惑する。
だが、本能のままここで桃依を求めるわけにはいかないと思い、感情を抑え込む。
「いえ、社長はまだお休みにならないのかと思いまして。」
「もうしばらくしてから休むつもりだから先に寝ていていいぞ。」
「しかし・・・。」
「初めての夜を1人で過ごすのは寂しいのか?」
「ちがっ!
わかりました、先に休ませてもらいます!」
感情を隠す変わりに桃依をからかう俺に桃依は、秘書としての顔ではなく本当の桃依の顔を見せ俺を喜ばせる。

自分を喜ばすために言ったわけではない言葉がそうなるとは。
公浩の提案を受け入れて良かったということだな。

自分の部屋に帰っていく桃依の後ろ姿を見つめ、自然と顔を綻ばせながらそんなことを考えていた。










「何で一緒に行かないんだっ。」
「秋定様どうかなさいましたか?」
「なんでもない!」
朝、目覚めてからいつも朝食を食べない俺は、身支度を整えた後家からでる準備を始めていると、桃依から朝食をしっかり食べるように言われてしまった。
結局一緒に食べることになった朝食だったが、桃依と過ごすということに異存があるはずはなく、穏やかな時間を過ごした。
そこまではよかった。
問題はその後だ。

俺と一緒に行きたくないと言いたいのか桃依は!
桃依と一緒に会社に行くことに何の問題がある!!
周りの人間が言うことなど気にしなければいい。
社長と秘書が一緒で何が悪いというんだ。

運転手が運転する車の後部座席に座りながら機嫌が悪いことを隠すことなくいるせいか、運転手が怯えていたがそんなことを気にすることは出来るわけがない。
この時の俺には、どうして桃依が俺と一緒に会社に行かないのかまったく分かっていなかった。




会社に着き社長室に向かうと、先に家を出た桃依がすでに待機しており、椅子に腰かけた俺に今日のスケジュールを報告する。
その姿は、当然のことなのだが、一緒に住んでいる人間に対する様子はみじんも見せず、秘書として徹していた。
桃依の性格を考えると当然のことだと分かっていながらも、引き続き残っている俺の中の憤りがそのことを苛立たせる。
「社長、出張から帰ってきましたのでご報告に伺いました。」
桃依のスケジュール報告を待っていたと思われるタイミングで公浩が社長室に入ってきた。
「分かった。」
「秋定何不機嫌そうにしてるんだ?
桃依と新婚生活うまくやってるんだろ?
桃依のうまい手料理も食べられたみたいだし。」

嫌なタイミングで公浩が入ってきたものだ。

二ヤつきながら言いたげな表情を見せる公浩にも苛立ちを覚えていたが、そんな俺の様子を気にすることもなく話を続ける。
そんな公浩に、
「公浩、お前何だか楽しそうだな?」
声を低めながら問いかける。
「そんなことはないぞ。
桃依と秋定のことを心配している俺の優しさが分からないか?」

分かるわけないだろ、そんな楽しそうな表情を見せている奴の優しさなんか。

「分からないな。
そんなことより桃依が驚いた顔をしているぞ。」
これ以上公浩に楽しまれるだけというのは俺の性分ではないと思っていると、桃依の驚いている表情が目に入り、話を振る。
秘書としての立場を保とうとしている桃依のことだから、きっと俺と公浩の会話に驚いているのだろう。

公浩のようになってほしいわけではないが、桃依にも時には秘書としてではない表情を見せてほしいものだ。
ふとした時にでもいいんだがな。
少しずつ、ほんの少しずつだが近づいていると思っていた距離が、やはり近づいてはいなかったのだと朝の出来事で気づかされた。
そのことが俺を落ち込ませているんだろうな。
だから、こんなにも俺を落ち着かなくさせる。

桃依と公浩が会話している姿を見ながらそんなことを考えていると、公浩が余計なことを言い出す。
今日、夕食を食べにくるという。
今日は以前から入れたくもない予定を入れられていて夕食を家で摂ることが出来ない。
そのことを知っていながらの公浩の発言。
公浩は桃依にとっては叔父で、公浩にとっては姪であるということは分かってはいるが、俺がいない家で桃依が男と一緒に過ごし、夕飯を作るというのを桃依に関しては心が狭くなっている俺としては見過ごすことは出来ない。
だから、公浩には来ないように牽制をかけるがまったく効果がなく、家に来ることで話が進んでいく。

行きたくもない食事会に行っている場合ではないということか。
公浩も分かっているはずなのにこんなことをするとは、どこまでも人で楽しむつもりだな。
このままでは公浩の思惑どおりになりそうだが、仕方がない。
俺が耐えられないからな。

「今日の食事会はキャンセルにしてくれ。
私も家で食事を摂ることにするから。」
「よろしいんですか?」
「ああ。」
桃依に夕食を家で摂ることを伝えると、桃依は急に言いだした俺の言葉の理由を探ろうとしているようだった。
そんな桃依の様子を見ていると、口に出して言いたくなってしまう。
桃依のことが好きだからそうするのだと。
こんなにも桃依のことを想っいるのだと。












就業時間が終わっても仕事を続けていたが、1時間ほどして終らせることが出来た。
帰る準備を始めていると、気がつけば桃依は秘書室を後にしており、公浩も帰っているようだった。
公浩が帰ったことについてはどうでもいいが、2人がいないということは一緒に帰っているということだろう。
俺には何の断りもなく。
そう考えた後、運転手に連絡を取り玄関の前に車を用意させる。
玄関に向かった後、今日は自分で運転して帰ることを運転手に告げ車を発進させた。
桃依が帰ってからそんなに時間は経っていないはずだから追いつくはずだ。
運転を続ける俺の視界に桃依と公浩の姿が入る。
2人は楽しそうに話をしながら歩いていて、桃依への気持ちを自覚した時を思い出させる光景だった。
思わず舌打ちをしながらクラクションを鳴らした後、車を停める。
すでに苛立ちを隠すことも出来ない俺は、桃依を助手席に座らせ、スーパーに連れて行った後、桃依と買物を済ませマンションへ向かう。
マンションに着いた後、桃依が夕食を作っている間公浩と共に書斎へ移動し、椅子に腰をかけると、
「秋定は恋すると感情で動くタイプだったとは意外だったよ。
今までの秋定からは想像できなかったから新たな発見だな。」
公浩は声を出し笑った後、顔を二ヤつかせながら話す。
「俺も新たな発見だ。
自分の中にこんな抑えが利かない感情があるとは思ってもなかった。」
「恋は偉大だ、て、ところだな。
で、どうなんだ守備は。」
「守備とは?」
「桃依とのことだよ、ちゃんと好きだって言ったのか?」
「その言葉はまだ早いと思って言っていない。
桃依から見れば俺は社長であり契約相手なだけだからな。
それが分かっているのに言えるわけがない。」
「ということは、何の進展もないと。
それも仕方がいかもしれないな。」
「焦ってもいいことはないからな。」
「そう言う割には嫉妬垂れ流しだけどな。」
「うるさい。」
「俺から見れば分かりやすすぎるぐらいなのに、桃依は鈍感だからな。
とりあえず頑張ってくれ。」
「面白がっている奴に言われたくないセリフだな。」
「それはしょうがない、面白いんだから。」
クスクス笑いながら公浩は俺の肩を叩く。
そんな公浩の手を肩から払いのけた俺は、気持ちを切り替え確認しておきたかったことを口にする。
「公浩、美登理が帰ってくるがどうするつもりだ?」
「どうするとは?」
「美登理を手放すつもりはないんだろう?
俺に協力することがあればいつでも相談に乗るからな。」
「急にどうしたんだ?
今までそんなこと言ったことないくせに。」
「桃依とのことで協力してくれたからな。
借りを返すだけだ。」
「借りね。」
公浩はフッと笑った後、
「じゃ、返してもらおうかな。
美登理が帰ってきた時に計画していることがあるんだよ。」
「すでに計画しているとは公浩らしいな。
で、どういう計画なんだ?」
公浩の計画性のよさに顔を緩めた後、桃依が夕食の準備が出来たと呼びに来るまで計画を聞き、実行可能の状態に出来るように手をまわしていた。




桃依が呼びに来たことに、
「新婚さんだねぇ。」
とからかっているとしか思えない発言に、ムッとしながら移動をするとテーブルの上にはおいしそうな料理が並んでいる。
椅子に腰をかけ食事を始めると、今日は食事会に行かなくてよかったと思えるほどおいしく、気がつけば機嫌も直っていた。
食事を食べ終わると、桃依が椅子から立ち上がり食器を片づけだす。
何事かと思っていると、手にはグラスを持っていて、ゆっくりと俺の前に置く。
そして、少し照れくさそうにしながら。
グラスの中身をのぞくと、プリンだと気づいた。
一緒に持ってきたスプーンを使い口に入れると、口の中で甘さが広がる。
その甘さは、俺の好みの甘さで驚いてしまった。
ふと桃依をみると、緊張しているように見え、もしかしたらと思い、
「このプリンは桃依が作ったのか?」
と問いかける。
「そうです、お口に合わないようなら残してもらっていいですから。」
桃依は俯き加減になりながらそう答えた後、俺のグラスに手をかける。
「何をしているんだ?」
「いえ、お口に合わないものを作ってしまったから引き下げさせてもらおうかと思いまして。」
「誰がそんな事を言った?
桃依が作ったものだ、おいしいに決まっているだろ。」
本心からの言葉に俺は笑顔を見せた。
その笑顔は、桃依の手造りであるプリンがこんなにもおいしいものなのかと感動していたのと、昔おばあ様に言われた言葉を思い出していたからだった。
『秋定が本当に好きになる人はきっと現れる。
その人は私が作るお菓子よりももっと美味しいお菓子を作ってくれるはずだわ』

おばあ様、出会えることがないと思っていた女性と俺は出会うことができましたよ。











プリンを食べ終わった後、桃依が洗い物をしている間俺と公浩は、リビングで寛いでいた。
テレビをつけニュースを観ながらふと桃依に視線を向けると、フーと大きな溜め息をついているのに気づく。
仕事が終わった後の食事作りが疲れたのかと思い、洗い物を続ける桃依に近づき、
「どうしたんだ?ため息なんかついて。」
声をかける。
桃依は俺の声に驚いたのか手からコップを滑り落とした。
「大丈夫か。」
コップは割れたのではないかと思い心配になりそう声をかけ、手を掴み確認しようとする俺に、
「あっ、あの、割れなかったので何ともありませんから。」
そう言った後、すぐに俺の手から自分の手をはずさせる。
俺は、桃依の動きに、触れることを嫌がられたと思い、声を硬くしながら返事をした後リビングへを戻った。

そんなに嫌だったのか、俺が触れることがっ。

リビングに戻った後、そのことが俺の頭の中を占め、テレビに視線を向けていたが全く頭の中に入ってくるはずがなかった。
すると、俺と入れ替わりに公浩が桃依の所へ向かい、話を始める。
2人の様子に、いらつきを強めた俺は、
「桃依、コーヒーが飲みたい。」
会話を遮るように桃依に話しかける。
そんな俺の言葉に桃依は反応し、準備を始めだす。
桃依の様子を見ながら、自分の態度の悪さに嫌気がさしてきていた。
どうして優しい言葉をかけることが出来ないのか、感情をコントロールすることができないのかと。
そんな俺の様子に気づいてないのか無視しているのか公浩は、桃依と話を続けている。
俺の耳には何の話をしているのかは聞こえなかったが。




桃依に頼まれたのか、コーヒーを公浩が持ってきたので受け取り口にすると、
「ところで、秋定のおばあさんにはいつ桃依のことを紹介する気なんだ?
もうそろそろ決めとかないと色々言いだす奴がいるんじゃないか?」
公浩が聞いてきた。
「そうだな、そろそろ考えないといけないな。
でも、もうしばらくは無理だな。」
「何でだ?」
「私と桃依はまだ夫婦には見えないだろうからな。
こんな状態では祖母にすぐ見抜かれてしまう。
だからもうしばらく桃依と自然に振舞えるように訓練をしないといけない。」
先ほどのことを思い出しながらそう言うと、
「社長、私なら大丈夫です。
きちんとおばあ様の前では妻らしく振舞いますし。」
桃依は秘書の顔を見せ、断言をする。
そんな桃依にいらつく俺だったが、ふと思いついたことがあり口にする。
それは、我ながら言い案だと思い桃依には分からない程度に表情が緩む。
「いや、それは無理だろう。
そんな敬語で妻が話しかけている状態を祖母に見せるわけにはいかない。
桃依、私のことは社長ではなく名前で呼ぶんだ。
そして、敬語を使うことは今から禁止する。」
「え!?」
桃依は驚きの顔をしている。
それもそのはず、昨日は敬語でもいいと言っていたのだから。

これもいい機会だ。
このままよそよそしいままでいたくはないからな。
桃依がなんと言おうと決定事項として押し通してやる。

「社長、お言葉ですが、この間話したように私が社長を名前で呼んだり日頃から敬語も使わず話すのは無理です。
ご心配なさらなくてもその場になればきちんと出来ますから。」
予想通りの返事を桃依は返してくる。
そのことにフッと笑ってしまったが、
「秋定だ。」
一言で済ませた後、テレビに視線を向けながら桃依の反応を待つ。
桃依は何度も社長と呼びかけてくるが、俺は聞こえないふりをする。
何と言われようとも絶対に桃依に名前を呼ばせてやるという想いでいると、桃依は公浩に助けを求め出す。
「こうなると俺にも無理だな。」
公浩は俺の考えが分かったのか、桃依にではなく俺に助け舟を出す。
その後も何度か俺のことを社長と呼び続ける桃依だったが、まったく返事をしようとしない俺に痺れを切らしたのかとうとう、
「秋定さん。」
と、俺の名前を呼んだ。
「何だ?」
やっと呼ばれた自分の名前に返事をすると、
「名前は呼びます。
でも、敬語だけは変えられません。
私は秘書で秋定さんは社長なんですから。」
諦め悪く食いついてくる。

無駄なあがきだな。

そう思いながらため息をついた後、立ち上がりリビングを出ていこうとする俺に、
「ちょっ、秋定さん!
まだ話途中ですから出ていかないでくださいっ。」
俺を引き留めようと大きな声を出す桃依。

大声だけでは俺は出ていくぞ?
気づいているんだろ?桃依。

「秋定さんっ。
まだ話途中なんだから出ていかないで。
きちんと話をしましょ。」
とうとう桃依は、敬語を使うことなく俺を呼びとめる。

それでいいんだよ、桃依。

自分の思惑どおりに事が運んだことに機嫌を良くしながら、
「桃依がそう言うなら。」
そう言って戻り始める。
そんな様子に桃依は肩を落としていたが、今の俺にはそんな桃依の姿も可愛く見える。
小さな変化だと言われればそれまで。
でも、俺にとっては大きな変化であり、これからの2人の関係への足がかりが出来たと言える。
だから、顔が二ヤけてしまうのは仕方がないことだろう。
そんな俺達の様子を公浩は楽しそうに眺めながら、
「この2人は面白い。
これからどうなるか見ものだな。」
と、口にしていたが、今の俺は何を言われようとも気にもならなかった。





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