PREV | NEXT | INDEX

Magic Pearl

2人で過ごす時間 1

「今日は雪が降るみたいですから暖かくしてくださいね。」
「あら、雪なんて久しぶりね。風邪引かないようにしないと。」
常連である老夫婦に注文の品をカウンターに置き、しばらく話をするために洗い物をしようかと思っていた手を止めた。
カウンターに座る老夫婦は、いつも一緒に来てくれる。ご主人はコーヒー、奥様は紅茶。
「香りがいいわね、このクッキー。」
「ありがとうございます。」
「いろんな種類のお茶請けを出してくれるからいつも楽しみなの。それに、はずれはないから安心して注文できるし。
この間のマフィンもおいしかったわ。」
「そう言っていただけると作りがいがあります。」
クッキーを味わった後、言ってくださった言葉に自然と私の頬も緩む。
奥様が言っていたお茶請けとは、メニューに書かれているもの。きちんと商品名を書いた方がいいのかもしれないけれど、多くの種類を作ることが出来ないので日替わりでいわゆるデザートメニューだ。
他にもいくつかありはするけれど、お茶請けを注文してくださる方が多い。
そして、おいしいよ、と笑顔で言ってくださるので、その言葉が私の原動力になっている。
お客さんとの親近感、ただ店に来て注文し、飲んで食べて終わりというのは淋しくて、ほんのわずかな時間でもお客さんとの関わりを持てる時間を作るようにしている。
すべてのお客さんとそうできるわけではないけれど、老夫婦の2人のように楽しい時間を共有させてくれる常連さんが多くなってきた毎日。
充実した日々を過ごせていると実感できる。
「真珠さん、最近いいことでもあった?」
「どうしてですか?」
「だって、表情が幸せだって言ってるもの。」
優しい微笑みで言われてしまったけれど、ここは曖昧に笑顔を返し誤魔化す。
その後も聞きだされそうになったけれど、別の話に変えその場は誤魔化したまま穏やかな時間は過ぎていった。
さすがにお客さんに対してプライベートなことを話すわけにもいかない。
言っても構わないのかもしれないけれど、自分でもまだ信じられない状況だからうまく話せる自信もないので話を流すことが適切かと思ったからだ。
失恋決定だと思って涙を流していた夜、そうではなかったと知った夜から私と八坂さんは恋人同士になった。
常連客でしかなかった彼を気がつけば見つめ続けていた私。
だから、今でも信じられない。本当に恋人同士になったのか。












夜になり客足は減ってきている。
閉店までは時間があるけれど今日は雪が降ると天気予報で言っていたせいもあるかもしれない。
必ず天気予報が当たるわけではないけれど、今日の寒さからいくと予報は当たりそうな気がする。
「もう今日は来ないかもしれないな。」
まだ八坂さんは来ていない。
お昼に来られない時には仕事が終わって来てくれるけれど、雪が降るかもしれない中難しいかと思う。
無理して来てほしくはないけれど、毎日のように会っている現状の中会えないというのはかなり淋しい。
電話をかけて聞けばいいんだろうけど、まだ自分からかけたことがない私は今もかけることを躊躇っている。
別に恋人なんだからかけてもいいのかもしれないけれど、頑張って仕事をしている八坂さんの邪魔をしたくはない。

難しいな、タイミングって。
今まで付き合ったこともないからいつ電話をかけていいかも分からないもの。
それに、会いたいって言葉を口にしてもいいのかなっても思う。
我がままだと思われたくないし、迷惑もかけたくない。
カウンター越しに見ていた時の方が色々考えずに過ごせていたかも。

悶々とした考えになっていることに気づいてため息を一つ吐き出すと残っていたお客さんがレジの前にやってきて頭の中を切り替える。
お客さんが帰ったことで店には私1人。
ふと窓を見ると雪がちらついているのが見えた。
降り出してきた、そう思っていると雪はみるみる間に外を雪景色に変えてしまった。
これでは明日の朝は積もったままかもしれない。
そう考えると今日は店に泊まった方が得策かもしれない。
店の奥にはちょっとした部屋がある。帰るのが遅くなったり、朝が早くなる時には泊まる部屋。
そうと決まれば少し早いけれど店を閉めること決めて表に出している物を店の中に入れてCloseの札に変えた。
店の中も少しだけ薄暗くして掃除を始めているとドアがゆっくりと開き、誰かが来たことを知らせる。
「八坂さん。」
「今日はもう終わり?お邪魔しちゃダメだったかな。」
「そんなことないです。
あっ、雪で濡れちゃってるじゃないですか。身体冷えちゃう。」
慌てて店の奥からタオルを持ってきて入口に立っている八坂さんに手渡した。
八坂さんはありがとうと言って雪を払い濡れている場所を拭き始める。
「すぐに身体が温まるもの用意しますね。」
カウンターに戻り用意を始めるとコートを脱いでカウンターに腰掛ける八坂さん。
じっと私を見つめている視線を感じ、顔を上げると視線が重なる。
「どうしました?」
「ん?和むなって思って見てた。」
「和む、ですか?」
「そう。真珠の笑顔って癒し効果があると思うよ。
ずっと見ていたいと思えてくる。」
柔らかい笑顔を見せながら言う八坂さんの言葉はうれしいけれど、私の笑顔にそんな効果はないと思う。
私なんかより八坂さんの方が…。
「私は八坂さんを見ているとうれしくなります。」
「うれしい?」
「だって、好きな人に会えるなんてうれしいし、笑顔になれますから。
はい、できましたよ。」
話しているうちに用意が出来たジンジャーティーをテーブルの上に置くと八坂さんは苦笑しながらカップに口をつける。

何か変なこと言っちゃったかな?
迷惑だったのかな…。

カップを置いてやっぱり苦笑している八坂さん。
「私、何か変なこと言っちゃいました?」
心配になって我慢が出来ずに聞いてしまった。
あんまりこういうことを聞かない方がいいのかとも思ったけれど。
「真珠、こっちに来てゆっくり椅子に座って話をしようか。」
八坂さんは私にカウンターから出てくるように促すとテーブル席へと移動し、隣に座るように言った。
私は言われるまま隣に座ると八坂さんの顔が近くてドキッと心臓が素早く反応を示す。
キスも気持ちを確認した時にしたこともあるわけで。
でも、人間、すぐには慣れないみたい。
鳴り響く心臓の音は全身を揺らしているように錯覚してしまう。
「真珠が可愛いこと言うから真珠にはかなわないって思っただけだよ。」
「え?」
「まさか真珠から告白を聞けるなんて思ってなかったからね。」
八坂さんの言葉は私が考えてもなかったもので、驚いてしまう。
そして、驚きから照れくささが強くなる。
「そんなっ、告白だなんて!」
「違ったの?」
「違ったというか、違わないというか…。」
自分が何を言っているのか分からなくなってくる。動揺しすぎだと思うけれど、動揺せずにはいられない。
「無自覚?それって、危ないよ。」
覆いかぶさる唇は柔らかさと温もりを直に感じさせる。
そして、角度を変えながらもたられるキス。
離れていく時には八坂さんの唇が潤いをもっていて、顔がカッと熱くなる。
私の唇についていたグロスが移ってしまったことをまじまじと理解させられてしまって仕方がない。
「つ、ついてますっ。」
「そうだね。また真珠の唇につけてあげようか?」
「ええっ!」
「そんなに驚かなくても。」
楽しげな顔で言う八坂さんの様子にあわあわと落ち着きなくなってしまって、目に入ってきた机の上に乗ったままのカップを持ちあげる。
「あのっ、飲んでください。身体冷えちゃいますから!」
「真珠が入れてくれた飲み物でも十分温まりそうだけど、こうするのも温まると思うよ。」
そういってゆっくり私の身体に回される八坂さんの腕はしっかりと私を抱きしめ、逃れる隙さえ与えない。
逃げる気はないけど。
「ほら、暖かい。真珠はどう?」
「暖かい、です。」
洋服越しでも人肌というものは感じるもので、私と八坂さんの温もりは混じり合い、分け合っているようにも思える。
温もりと一緒に心臓からのもたらされる震動は先ほどよりも強まりながら。
PREV | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2009 machi All rights reserved.






検索サイトから来られた方は、 こちら からTOPへどうぞ。