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Magic Pearl

「いらっしゃいませ。」
外は北風が吹き寒さが身にしみるため、コートをしめきった状態で入ってきたお客さん。
店内に入ったことでコートをゆっくりと脱ぎ空いている席に腰掛ける。
ここは私、石持 真珠(いしもち しんじゅ)が経営するカフェ。いつものようにお客さんがちらほらと席を埋めている。
流行っているのかと聞かれれば流行っているとは言い切れないけれど、そこそこ繁盛はしていると思う。常連さんもいたりするし。
子供のころからの夢だったカフェを開いたのは半年前。
子供のころからの夢になったのは、大好きなおじいちゃんとおばあちゃんに連れて行ってもらっていた喫茶店が子供心にインパクトを与えたせいだ。
家では飲むことは出来ないおいしい紅茶やケーキがある場所は、トキメキを抱かせるには十分な場所だったから。
『どうしてこんなにおいしいの?』
子供というのはどうして、どうしてと聞くことが仕事のような感じだから2人に必死になって聞いたら、
『魔法を使ってるからこんなにおいしいんだよ』
なんて、今思えば子供を大人しくさせるための言葉だと思うけれど、その頃の私は祖父母の言葉を信じ、魔法使いが本当にいるのだと信じていた。
成長するにつれそれは嘘だったと知ることになるけれど、将来の夢が揺らぐことはなく現実にしてしまった。
開店させるために必要な資金集め、資格などなどをクリアーし、小さいけれど夢の城を築いた。
夢が実現し、経営するということの大変さを身を持って経験しているけれど、楽しい毎日を過ごしている。
私が入れる紅茶や手作りのケーキを美味しそうに飲んだり食べるお客さんを見るのが何よりもご褒美のような気さえするから。







今日も来たんだ。

アルバイトを雇うほど広いスペースでもないのでお客さんがひいたところで洗いものをしていると、ドアが音を鳴らして開く。
お出迎えの声をかけた後、入ってきた人を視線で追うといつもの席に座った。座ってから小説を読むのもいつもと同じ。
スーツが似合う男性。細いフレームの眼鏡をかけてインテリ風。かき上げて固めている髪。話しがたい雰囲気を醸し出しているけれど、実際話してみたら少しだけ見せる笑顔が素敵だなって思う。
開店当初、まだ常連客もいないくらいの時期に初めて来た時から毎日のように来てくれている。
初めは常連客になるとは思ってもいなかったけれど、気がつけば指定席まで見つけてしまったようだ。
もちろん必ずその席が空いているとは限らない。けれど、かなり高い確率でその席は空いていて、まるで彼が来ることを席が楽しみにして空けているかのようにも思えて仕方がない。
注文を聞きに行くといつもと同じ紅茶を注文した彼は、注文を終えると本へと視線を戻す。
そんな彼の行動は客として当然の行動だと分かっていても、残念に思ってしまう。
もう少し彼の顔を見ていたいなぁと思う気持ちがそう思わせているのは分かっている。

いつのまにか、常連である彼のことを私は好きになっていた。






28歳にして今までお付き合いというものをしたことがない私。
だって、夢を実現させようと必死だったから気がつけばこの歳になっていたのだから仕方がない。
そんな私が好きになった人がいると友人に言った日には、『女としての自覚が出てきてなにより。本当、心配してたんだから』なんてことを言われたのは、友としての優しさらしい。
女としての自覚、なのかな?よく分からないけれど、好きな人が出来るとこんなにも心が振動を起こすものなんだということを知ったことは、友人が言う女としての自覚というものかもしれない。
沸騰したお湯を茶葉が踊るようにポットに注ぎムラした後彼が待つ席まで運ぶ。
「お待たせしました。」
カバーを外しポットを見せると、ゆっくりと紅茶を注ぎだす姿を横目に席を離れた後紅茶を一口飲み、
「おいしいですね。」
いつものように彼が声をかけてくる。
カウンターまで移動していた私に少しだけ頬を緩ませた顔で心地よい声を出して言われてしまうと私の頬も緩んでしまう。
「良かったです。今日はお仕事終わったんですか?」
夕暮れも過ぎた時間に現れた彼に聞いてみると答えが返ってきた。
「はい。昼に来ることが出来なかったんで寄らせてもらいました。
ここの紅茶を飲まないと何だか落ち着かなくなってしまってるんですよ。」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるのはとてもうれしいです。
そうだ、八坂(やさか)さんお腹空いてませんか?よかったらシフォンケーキ食べませんか?」
他にお客さんもいないので言ってみる。
時々、こんな風に八坂さんしかお客さんがいないときにはお菓子を食べてもらっている。
このくらいのサービスは許してほしい。
ちょっとでも彼と話す機会を作りたいから。
「じゃ、注文しますよ。」
「いいですよ。余っても困ってしまうものだし。常連さんにこれからも来てもらうためのサービスです。」
ショーケースから出したシフォンケーキを皿にのせ、テーブルに置いた。
「真珠さんが作るケーキはどれもおいしくて、好きですよ。」
「あ、ありがとうございますっ。」
自分のことを好きと言われたわけではないけれど、好きな人の口から出た好きという言葉は、私の胸をトキメかせるには十分な言葉だった。
きっと今私の顔は真っ赤だ。身体だって熱い。

落ち着くのよ私!
八坂さんに変に思われちゃう。

胸の鼓動が身体中に響いて手先を痺れさせていたけれど、暗示のように繰り返し思うことでゆっくりと落ち着きを取り戻す。
何とか自分を取り戻して他愛もない話を八坂さんとしていたけれど、火照りだけは変わることなく私の身体に残っていた。












「ほう、なるほどねぇ。乙女だねぇ、真珠は。
私には出来ない芸当だわ。」
「別に乙女じゃないし。事実だし。」
「事実が乙女だって言ってんの。
しょうがないか、恋愛という恋愛をしたことがないねんねちゃんだもんねぇ。」
「…何か馬鹿にされてる?私。」
「うらやましいって言ってんのよ。
その歳になってまだ、ピュアな気持ちを持てる真珠がね。」
「ピュアって。どこが?好きな人にドキドキするってだけだよ?」
「はいはい。そうですね。」
「逸香ちゃん、何だか返事投げやりなんですけど。」
久しぶりに店に来た逸香(いちか)ちゃんに、先日の出来事を聞いてもらっているけれど、聞き流されているように思うのは私の気のせい?
バイトをしている時に知り合ってから、年上でもある逸香ちゃんはお姉ちゃんのように私を可愛がってくれているのでついつい、いろんな話をしてしまう。
「で、いつ告白するわけ?その八坂さんとやらには。」
「告白って、そんなの考えてないよ。」
「はい?じゃー何?見て話して満足なわけ?」
「うん。だって、私は八坂さんにとって顔見知りのカフェの店員なだけだし。」
「誰だって付き合う前はただの顔見知り。今は彼女いないとしても、うかうかしてると彼女を連れてきちゃうかもしれないんだよここに。いいわけ、それで。」
「それは…。」
「ダメなんでしょ?だったら、行動してみたら?
話を聞いてる限りはまったく脈がないわけでもなさそうだし。
真珠はさ、行動力はあるんだから生かさないと。
幸せなんて黙ってても来ないのよ?
自分から掴む努力しなくちゃ。」
「努力か。確かにそうかもしれないね。」
「でしょ?掴むのよ、幸せを!」
「はい!」
拳を作り勢いよく言われ、つられるように力強く返事をしてしまった私。
そんな私の様子に満足げな顔を見せ、残った紅茶を飲み干した逸香ちゃんは仕事があるからと帰っていった。
一人残された私は、閉店後の訪問だったこともあり、いつもより遅い時間となってしまった店の片づけを始める。
床を掃除しながら逸香ちゃんの言葉を反芻する。

確かに、八坂さんに今は彼女がいなくても素敵な人なんだからいつ出来てもおかしくないよね。
うわぁ、今までそんな当たり前のことに気づいてなかった私って、かなりお間抜けかも。
告白かぁ、出来るかなぁ。
八坂さん、困っちゃうよね。いきなり店員から告白なんかされても。
…いろいろ考えすぎて頭クラクラしてきちゃった。

悶々と考えすぎた結果、飽和状態となった頭の中で掃除を続けることになるけれど、いつものようにきれいに出来ているか考えることも出来なくなっていた。
そして数日後、逸香ちゃんが言っていた言葉が現実となって私に降りかかることになる。







晴れ渡る日の光が店内を照らす中、待ち焦がれていた人がやってきた。
けれど、一人ではなく女性を連れて。
いつもの席に座る姿は変わりないはずなのに、女性と一緒にいるというだけで違って見える。
仲よさげに話す姿に動揺してしまった私は、注文を聞きながら声が上ずってしまう。

逸香ちゃんが言っていたのはこのことだったんだ。
好きだって伝える前から失恋決定で、それでも八坂さんが好きだという気持ちは変わらなくて、モヤモヤしたものが私の中で渦巻く。
嫌だ、彼に触れないで、楽しそうにしないで!

行動を起こすこともなかった私への罰かのように目の前にある光景が胸の中にもやを起こしながら棘を突き刺す。
シクシク痛みが増す胸、けれどこの痛みを和らげる方法が私には分からない。
泣きだしたくなる気分の中、八坂さんは女性と店を出ていく。
八坂さんの顔を見ることも出来ず、俯き加減で対応したレジ。
何と思っただろう。
ううん、きっと何とも思ってないだろう。
八坂さんにとって私は店員。
特別に想っているのは私だけなんだから。
その事実がますます私を悲しめ、苦しくさせた。
閉店になって外の電気を消した後、掃除をしないといけないのに身体に力が入らず椅子に座りこんでしまった。
八坂さんが帰った後、どういう風に仕事をしていたのか全く記憶にない。
それだけ集中力もなく仕事をしていたということだけど。
今までそんなことがなかっただけに、昼間の出来事が私にとって衝撃が大きすぎた。

すごい破壊力だ。
胸が痛くてしょうがない。
痛くて、痛くて、涙まで出てきちゃった。

流れだしてしまった涙は止めどなく溢れてしまい、止めることが出来ない。
好きなのに届かなかった想い。
この想いがどうすれば昇華できるのか、分からない。

こんなに好きなのに…。

カラン、ドアから聞こえる音は、開かれた時に鳴る音。
閉店しているのだから鳴るはずがない音に反応してドアの方を振り返る。
すると、そこには、私が泣く原因となった人物が昼間とは違い一人で立っていた。
突然現れた八坂さんの姿に私の涙線は再び開き、流れ続ける涙。
「どうしたんですか?どこか痛いんですか?」
心配そうな顔で近付いてくる八坂さんは、私の肩に触れる。
初めて感じる八坂さんの温もり。
「どうして…。」
「え?」
「どうして、ここに来たんですか?」
「伝えたいことがあって。」

何を伝えたいことがあるというのだろう。
一緒にいた女性のこと?
改めて彼女なんて八坂さんの口から聞くのはあまりにも残酷すぎる。
彼女がいる人、諦めないといけない人、でも、好きな人。
逸香ちゃんが言っていたように、自分の気持ちを伝えたら解放されるのだろうか?この想いから。

そんな考えが浮かんで、私は涙に濡れた顔を八坂さんに向け、考える間もなく本能のまま口を開いた。
「私、八坂さんが好きです。
彼女がいる人に言うのは良くないことだって分かってます。
でも、言わないと苦しくて仕方無くて。諦めることだって出来ない。
受け入れてもらおうなんておこがましいことは思いません。
ただ、知ってもらって、振ってもらいたいんです。
私のことなんて好きじゃないって。お願いします。」
一気に言った言葉、八坂さんの迷惑も考えず言いきった自分が嫌になる。
でも、言わないと心が壊れそうだから、身体が防衛反応として口を動かしたのかもしれない。

ごめんなさい、こんな一方的な、勝手な想いを押しつけて。

言いたい謝罪の言葉は、嗚咽が邪魔して言うことが出来ない。
早く言わないといけないのに。
止まらない涙が頬を濡らしたままの私に、八坂さんは口を開くことなく目の前で立ちつくしたまま。
当然のことだと思う。
好きな人を困らせる自分が嫌になる。
後悔と懺悔したくなる気持ちを強めていると、私の身体が動いた。
動いた理由が、八坂さんが私を抱きしめたせいだと気づくには数秒の時間が必要だった。
「どうして俺が真珠さんを振るなんて思うの?こんなに好きな人のことを振るなんてありえないのに。」
「え?好きな…人?」
「そうだよ、俺が好きなのは真珠さん、君だよ。
俺に彼女なんていないし、昼の女性はただの同僚だ。
店に来ようとしている時に途中で会ってついてこられただけだ。彼女なんかじゃない。
だから、もう泣かないで。」
「うそ…。」
「うそじゃないよ。どうしたら信じてくれる?」
苦笑を見せる八坂さんは返事を返さない私に優しく微笑みかけると、笑顔と同じように優しく唇に触れる。
「好きだよ、真珠。俺の気持ちを信じて。」
そして、涙が流れる私の眼尻、瞼に優しくキスをする。
あまりにも優しいキスが心地よくて、そして、八坂さんの瞳が私のことを好きと思ってくれていると伝えてくれて、私は八坂さんに抱きついた。
「うん。うん。」
そう返事するだけで精一杯だった。
「もう一度、聞きたい。真珠の気持ちを。」
私の髪をゆっくりと撫でながら言う八坂さん。
「八坂さんが、好き、です。」
「俺も、真珠が好きだよ。」
交わされる告白。
伝えあった後は、気持ちを確かめるキス。


そうして、私と八坂さんは、恋人同士になった。


+おわり♪+
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