彼女と彼の事情


6.望む気持ちと望まない気持ちの狭間で


有田先生が保健室に帰っていった後、私は窓から外を眺めながら冷めてしまったコーヒーをゆっくりと口に運ぶ。
外を見ているからといって、私の視界の中に入ってきたものをただ眺めているという認識しかない。
気持ちを落ち着かせたいと思っていたのに、何の効果もない状態だ。
しかも、口の中に確かに入っていったはずなのに、コーヒーの味がしないような気がしてしかたがない。
それだけ今まで有田先生と話していた内容に動揺してしまっているのかもしれない。
そのせいで、私の頭の中や心を孝蔵が締め出していることは自覚しないわけにはいかない。
でも、それは気のせいだと鎧を着た私が囁く。

私の弱い心を守るために・・・。

だけど、鎧をつけた私を押しのけるように、何とも言えない今まで感じたことがない感情が、身体中を渦巻いて支配する。
しばらくそんな自分の感情と向き合っていたけれど、いつまでもこんな状態でいてはいけないと何とか気持ちを切り替えて私の心と頭の中を支配していた感情を振り払うようにコップを机の上に置いた後、教科書とノートを取り出し、授業の準備に集中することにした。

そうよ、何を迷うことがあるの?
私は仕事に集中すればいいのよ。
私に必要なのは仕事だけ。
有田先生が言う孝蔵の本当の一面が分かったからどうだっていうのよ。
孝蔵にもう会わなければ私の心が乱れることもない、それだけのこと。
もう私はあんな苦くて辛い想いをなんてしたくない。
だから、今のままの私でいないといけないんだから。

鉛筆を動かしながらそう自分に言い聞かせて授業の準備に集中することにした。
その後授業がなかった私は、放課後になり帰るだけの状態だったけれど、まだ帰る気になれず部屋の掃除までしていた。
外はすっかり暗くなり、街灯も灯り早く帰るよう促しているように思える。
それだけ帰る気になれないということだろうか。

家に帰っても何か用事があるわけでもない。
ただ1人で部屋にいることになるだけ。

だからと言っていつまでも学校に残っているわけにもいかず、学校にいることを諦めた私は、職員室に戻り帰る準備をして学校を後にした。












駅に向かい歩きだすと、遅い時間になったせいかお腹が空いていることを感じながら歩いていた。

今日は何も作りたくない。
コンビニにでも寄って帰ろうかな。
ご飯を食べてお風呂に入ったらすぐに寝よう。
寝てしまえばもう何も考えることはできないから。
人間って1度逃げ癖がつくといけないわね。
でも、それが今の私なんだから仕方がない。
いつまで私は過去に囚われたままになっているんだろう。
有田先生がいうように、いつまでもこのままではいけないのかもしれない。
私のことを思って言ってくれたのも分かっているのに、頑丈な私の鎧はそう簡単には脱げない。
今まで私を助けてくれている鎧、それがなくなるということを今の私は想像することも出来ないから。
だから・・・・、もう孝蔵には会わない。

そんなことを思いながら歩いていると、いつの間にか駅に近づいていた。
駅まで残りの距離を歩く私は、今まで動かしていた足の動きを止めてしまった。
まるで地面に足の裏がついてしまっているかのように動いてくれない。
原因は、私の瞳に映った人のせい。
予想もしていなかった人が駅に立っていたから・・・。












どうして?
なんでここに孝蔵がいるのよっ。

突然の孝蔵の登場に、私の身体は動くことができず、今まで普通だったはずの心拍数が上がっていく。
そのせいか息苦しくなっているのも感じていた。

孝蔵がいるからって何故こんなに動揺するのよ私は。
きっともう会わないと決めた孝蔵がいるから驚いているだけ。
それだけよ。
だから、偶然見かけただけなんだから気にしなければいいのよ。

そう思うことで、自分に起こっている身体の変化を正当化した私は、それでも孝蔵の近くを通らないよう気をつけながら止まったままになっていた足を動かし出した。
孝蔵の存在を気にしながら気づかれないよう注意して歩いていた私は、何とか気づかれず改札口に近づくことができた。
そのことに安心した私は小さく息をはき、少しずつ落ち着いてきた心拍数を感じながら改札口を通り過ぎようとすると、腕を強く捉まれ通り過ぎることが出来なかった。








「このまま帰る気?」
私の腕を掴んだ後そう声をかけてくるのは、避けきれたはずの孝蔵だった。
私は孝蔵に腕を掴まれたまま振り返り顔を見ると、いつものようにからかうような表情ではなかった。
だからといって怒っているわけでもない。
ただ無表情なだけ。
だから、今孝蔵がどういう気持ちでいるのか読み取れない。
でも、私の腕を掴んだ手は、離すつもりがないということを強調するように痛いくらいに掴んでいる。
「離して・・・、掴まれているところ痛い。」
私を見つめる孝蔵の視線を避けるように逸らしながらそういうのが精一杯だった。
逸らしてしまった視線では、今孝蔵がどういう表情をしているのか分からない。
「そうやってこれから俺を避け続けていくつもり?
そんなのは許さないよ。」
孝蔵は低い声でそう言ったかと思うと、私の腕を引き歩き出した。
突然の孝蔵の行動に驚いた私は少し歩いた後、
「嫌っ、離して!」
私は自分が孝蔵に連れ去られていることを自覚して、掴まれている腕を振りほどくつもりで叫んだ後自分の腕を上下に動かした。
でも、計画どおり孝蔵の手が外れることはなかった。
「無駄だよそんなことしたって。
俺はこの腕を離すつもりないから。」
「私は離してほしいのよっ。」
「梨佳子の言い分を聞く気はないよ。
こうでもしないと梨佳子はただ逃げるだけだろ?
それじゃゆっくり話をすることもできない。」
孝蔵は足を動かし続けたまま声色を強くしてそう言った後、掴む力を強める。
でも、私はまだ諦めきれず腕を振る。
すると、孝蔵が立ち止まったので、これで離れられるとホッとしたけれどそれは気のせいだったことをすぐに自覚させられることになる。
孝蔵は腕を離した後、私の肩に手をまわし身体を引きよせ、
「しつこいよ梨佳子。」
そう言う孝蔵の顔はやっぱり無表情のまま。
でも、有無を言わせない表情に見える。
だから、その表情に私の身体はもう逆らうことができず、肩を抱かれたまま歩くしかなかった。
肩には孝蔵の手の温もりを感じ、再び心拍数が上がるのを感じていたけれど、そんな自分を孝蔵に気づかれたくないと思ってしまう。
そんな状況の中、私の頭の中では警告が鳴り響いていた。

このまま孝蔵についていくと後悔する、と。





でも私はその警告に気づきながらも孝蔵のそばから離れることができず、機械のように足を動かし続るしかできないでいた。





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