彼女と彼の事情


5.消えない古傷


「今日の授業はここまで。」
終了を知らせるチャイムがなり、私の声を合図に生徒達はざわめきだす。
ざわめきを背にしながら教室を出ようとすると、
「先生、最近元気ない?
悩みがあるなら聞いてあげるよ。」
そんな生意気なことを数人の女生徒が私の前に来て問いかける。
「悩み事なんてないわよ。
あるとすれば、貴方達がどうしたらいい成績をとってくれるのかくらいよ。」
「折角心配してるのに、そういうこと言う普通?」
「それは冗談だけどね。
でも、心配してくれてありがとう。
本当なにもないから。」
「そんな風には見えないよ?
だって、恋してるみたいな顔してるもの。」
1人がそう言うと、周りにいる子達がそーそー、とニヤニヤしながら興味津々な顔を見せる。
彼女達の言葉に不覚にもドキッとしてしまったが、当然そんな様子を見せるわけにはいかなくて、
「何言ってるの、私なんかより貴方達の方が恋してる顔してるわよ。」
ニッコリと笑いかけながらそう言って荷物を胸の前に持ちながら教室を後にした。

最近の子達はビックリするわね。
よく見ているというか、そんなことを聞いてくるのというか。
確かに彼女達が言っていることはあながちハズレではないものね。
この気持ちは恋であってほしくはないんだけれど。

廊下を歩き、職員室に戻りながら彼女達との会話を思い出しながら歩いていた私だったが、次の時間の授業はないということで、方向を変え歩きだすことにした。











誰もいない数学教師専用室に着いた私は、コーヒーを注いだ後椅子に座り人心地ついた。
授業が始まり、廊下のざわめきがなく静かになったことで、思いだしてしまうことがあった。
それは、孝蔵のこと。
孝蔵の家にいって2日経っているが、何の連絡もない。
連絡なんかほしくないと思う気持ちと、風邪は良くなったのかあの日のことを孝蔵はどう思っているのかと気にする気持ちが私の中で反発しあっていた。
あの日、孝蔵の手を振りほどくように立ち去った私。
気づきたくない気持ちが自分の中に芽生え始めていることが怖くてしかたなくて、逃げ出した。

もうあんな思いはしたくない。
信じていた人に裏切られることはもう嫌。
あの頃の私はあまりにも世間知らず過ぎた。

私の中にある古傷が、孝蔵と関わることで閉じ込めていたはずの膿を出し始める。
だから私は自分を守るためにもう孝蔵には会わない方がいいだろう。
連絡があったら無視をすることに決めている。
そうすることで孝蔵も私なんかと関わろうとは思わないはず。
でも、1つ気になることがある。
孝蔵が言った、高校生の孝蔵と私は会っているという言葉。
どんなに思い出そうとしても、私の記憶の中には高校生の孝蔵が思い当たらない。

孝蔵の口からでまかせよね。

思い当たらない以上私はそう結論づけるしかなかった。
もう孝蔵のことは考えたくはないと思いながらも、今みたいにゆっくりした時間の中にいたり、ふとした時に孝蔵が頭の中に現れる。
どんなに打ち消そうとしても。
私に認めろと私の心と頭が訴えているのか。
でも、認めてしまったら私は・・・・・。






「私もコーヒー飲ませてほしいな〜。」
コップを持ったまま考え込んでいた私の後ろから気が抜けるような声を出す人、有田先生は白衣を着た格好でドアの所に立っていた。
「コーヒーは保健室にもあるんじゃないんですか?」
「あるけど、たまには違う所のも飲んでみたいじゃない。」
「保健室にあるのとそんなに変わらないですよ。」
「まーまー、これ貰うわね。」
有田先生は、コーヒーメーカーに出来ているコーヒーをコップに注いだ後、空いている椅子に座りおいしそうに飲み出した。
「珍しいですね有田先生がこんな所にくるなんて。
いつも保健室からあまり出ることはないのに。」
「そんなことないわよ。
ただ、最近梨佳子ちゃんが元気ないなぁとは思ってるけど。
何かあったんでしょ?とりあえずお姉さんに話してみなさいよ。
ため込んでるもの出したらすっきりするわよ。」
有田先生はウインクしながら私に促すように問いかけてきた。
だからと言って今の自分のぐちゃぐちゃになっている心の中をすべてはなすというわけにはいかない。
だから、
「本当に何もないですよ。
ただちょっと寝不足なだけです。
ありがとうございます心配してくれて。」
私は何もないということを知らせるように笑顔でそう言った。
でも、有田先生はそんなことでは誤魔化されてはくれなくて、コーヒーを一口飲んだ後、痛い所をついてきた。
「そうやって誤魔化そうとするところが梨佳子ちゃんの悪い癖だと私は思うわけ。
いつもだったらそれでもいいんだけど、今回はそういうわけにはいかないわよ。
寝不足になるほど悩んでることがあるんでしょ、それをいつまでも解決できないまま1人で考えていたら身体に悪いだけ。
と言っても、梨佳子ちゃんは素直に話さないかな?
じゃ、話しやすいようにしましょうか。
梨佳子ちゃんの悩み、それはずばりコウのことよね。
そして恋に臆病な梨佳子ちゃんを悩ませていると。
どう?はずれてないでしょ?」
「・・・・はい。」
私は、有田先生が私の心の中を覗いたとしか思えない言葉に、気がつけば素直に肯定の返事をしてしまっていた。
そのことにしまったと思っていたが、一旦口から出てしまった言葉は取り消すことはできなくて、気がつけば顔を俯かせる私。
「やっぱりねそんなことだろうと思ったわ。
で?コウのどのあたりに不安を覚えるわけ?」
「どこって、全部ですよ。
ホストなんてアルバイトしてるし、自分の都合で私のことを振り回すし。
だから迷惑してるんです。」
「それだけじゃないでしょ?
本当はコウに惹かれている自分が怖い。
それが梨佳子ちゃんの中にある寝不足の理由だと思ったんだけど。」

どうしてそんなことまで有田先生は分かるの?
私孝蔵とのことあの朝の出来事以外話してなんかないのに。

私は、あまりにも有田先生が的確に私の気持ちを言い当てることが不思議で仕方がなかった。
そのことが表情に出ていたようで、
「どうしてこんなにすんなり分かるのって顔してるわね。」
と、有田先生は楽しそうに話す。
「いつも真面目な梨佳子ちゃんはすぐに表情に出やすいのよ、どんなに堅物そうに見せていてもね。
根が素直に出来ているせいなんでしょうけど。
そのせいで傷ついて恋に臆病になってしまったのよね。」
「なんで、それっ。」
「酔った時に聞かせてくれたのよ大学生の時の出来事を、覚えてない?」
「覚えてないです。」
「そうか、結構酔ってたものねあの時。
偶然にもその話を聞かせてもらった私としては心配なのよ、このまま臆病なままで梨佳子ちゃんが恋をしないんじゃないかって。」
有田先生は、フッと小さく笑いながら優しい表情で私を見つめている。
私を見つめる瞳もとても優しいもので、私の弱い部分を包み込もうとしてくれているのが分かる。

でも、1度臆病になってしまった心はそう簡単に強くなれない。
だから私は恐れてしまう、孝蔵のことを好きになり傷ついてしまうことを。
もうあんな辛い惨めな思いをしたくはなかった。
そのために私は恋する心を閉じ込め仕事に集中していた。
そうすることで、私は自分の鎧をつけることができたから。
心の鎧、今の私であるために必要だったもの、この鎧がなければ私は大学も卒業できていなかっただろう。
鎧を素直にとれるほど私は強くはない・・・・。

「人間辛いことがあればもう2度と同じ目にあいたいとは思わないわ。
でもね、1人の男が最低だったからって他の男もそうだというわけではないのよ?
そんなことになったら恋愛する人なんていなくなっちゃうわ。
だから、少しだけ閉じ込めてしまった殻を破ってみなさい。
そうすることで、今見えていないことが見えてくることもあるから。」
「見えてくること?」
「そう。
コウの本当の一面がね。
さて、そろそろ保健室に帰らないと、コーヒーごちそうさま。」
有田先生はそう言って立ち上がり、
「頑張ってみなさい。」
私の肩をポンッと叩きながら微笑みかけてくる。
そして、ひらひら手を振りながら立ち去ってしまった。
1人残された私は、有田先生が言った言葉を頭の中で繰り返していた。

孝蔵の本当の一面?
それはどういうこと?
確かに私は臆病になっている、そのことは自分でも分かっている。
どうしたら有田先生が言うように殻を破ることができるのか分からないというのが本心だ。
私に身にまとっている鎧は頑丈になり過ぎている。

すっかり冷めてしまったコーヒーが入ったコップを見ながら考えをまとめることが出来ないまま時間だけが静かに過ぎていった。





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