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不本意ながらも城野が買ってこさせた風邪薬を飲んだ後、しばらく横になると薬が効いてきたのか身体の倦怠感がとれ、洸の夕食準備を始めることができた。
あまり食欲がないけれど、早く治すためにも自分の分のお粥も作った。
作り終え、洸と一緒に食事を摂る私に、
「ママ、パパだったらいいのにね、おじちゃん。」
洸は、ニッコリ笑いながら元気な声を出し、私が考えていなかったことを口にする。
「洸、あの人はパパではないわ。
この間も言ったでしょ?パパは優しい人だって。
今日はこの間と違って洸と遊んでくれたのかもしれないけれど、そんなこと思っちゃ駄目。」
「・・・うん。」
私の言葉に洸は、見せていた笑顔を潜めてしまったけれど、私は洸に城野をアキラさんと重ねてほしくはなかった。
そう言う私も、初めて城野を見た時にアキラさんが帰って来たのだと思ったのだから小さい洸に言い聞かせるのは無理なのかもしれない。
でも、城野は、アキラさんではない。
あんな人を馬鹿にして偉そうにしている人、アキラさんと別人だということはこの数日で分かっている。
それなのに、私が倒れた時のことを思い出した時に1つだけ疑問に思っていることがあった。
城野に倒れる私を抱きとめられた時、感じた温もり。
それは、城野がもつはずのないもの、アキラさんの温もり。
風邪で弱ってしまった私が感じたいと思ってやまない想いが感じさせたのだろうか?
きっとそうなのだろう、非情だとしか思えない城野とアキラさんが同じ温もりをもっているはずがないのだから。

風邪で具合が悪かったとはいえ、城野に助けられるなんて。
不本意だけど、本当はお礼を言わなければいけないわよね。
どうせまた近いうちにやってくるはずだから、お礼だけでも言うことにしよう。
常識で考えれば当然のことだし。
たとえ嫌な相手でも。

「洸、ニンジン残ってる。
ちゃんと食べないと。」
「やー、ニンジン嫌い〜。」
大嫌いな城野にお礼を言わないといけないことに項垂れてしまう気持ちになってしまうが、とりあえずは、目の前の洸の嫌いなニンジンを食べさせることに意識を向けることにした。












次の日、薬が効いてくれたようで熱は下がったけれど、休みでもあり身体をゆっくりと休めた。
そのお陰で月曜日には店を開けることが出来たことにホッとする。
でも、気になることも。
来るだろうと思っていた城野が現れなかったのだ。
別に城野が来ることを望んでいるわけではないが、お礼を言っていないことが心に引っ掛かっているのだから仕方がない。
そうは言っても、城野と会うことがない日は今までと変わらない平和な日。
私の心を落ち着かせる。
だが、そんな日が1週間も続けば落ち着かない気持ちにもなってしまう。
あれほどこの土地を欲しいと言っていた人がどういうことだろうか。
やってこない城野に不気味なものを覚えつつも、もうこのまま現れなければいいのにという思いに駆られる。
切ない気持ちを思い出させる存在の城野に怯えているからかもしれない。
そんな自分の弱さにそんなことではいけないとささやく私がいる。
だが、その声は、アキラさんという支えを失くした私が、洸と一緒にいることで繋ぐことが出来ていた強さだ。

なぜ城野と出会ってしまったのだろう。
城野が現れなければ、弱い私は身を潜めていることが出来たのに。
いや、人のせいにしてはいけないわね。
少しだけ、ちょっとだけ、泣いてもいい?アキラさん。
そうしたら、いつもの私に戻れるから。
いいわよね?

夜中、アキラさんの写真を見つめ、いろんな感情が私の中で渦巻き目頭が熱くなる。
そのことが心の中でアキラさんに話しかけた後、涙を流す引き金となった。
流れだす涙、それは洸が生まれてから流したことはなかったもの。
泣きたくなる時は何度かあったけれど、これほど涙腺が緩んだことはない。
こんなにも悲しい涙を流すのは、苦しくて、苦しくて仕方がないのに、一度緩み出した涙腺は緩んだままだ。
アキラさんの写真を胸に強く抱きしめ、涙を流すうちに抱きしめる腕の力は強くなり肩が震えていた。

涙が枯れるまで泣いてしまおう。
いつもの私になるために。











「ビールください。」
「はい。」
次の日、涙が枯れるまで泣いた私は、朝目を腫らしていたが、気持ちはどこかスッキリしていて、夜には腫れも引き、顔には笑顔を見せていた。
今日は珍しく常連さん達は早い時間に帰って行ったせいか、いつもより静かな気がしていたが、今日の私にはちょうどいいのかもしれないと思っていると、ゆっくりとドアが開く。
「いらっしゃいませ。」
笑顔でそう言いながらドアの方を見ると、入ってきた人を見て思わず顔を歪めてしまう。
その人は、しばらく来ることがなかった城野で、いつもと同じように威圧感を与える表情と気配をさせながら空いていたカウンターに座る。
「どういう御用件ですか。」
他にお客さんがいることが分かっていながらも、声を硬くしながら城野に声をかけると、
「敵情視察だ。」
と、城野は不敵な表情で言った。
「敵情視察?
そんなものが必要とは思えませんけど。」
「いつまでもいい返事をくれない相手のことを知ろうとするのは、攻略する時に必要なことだからな。
来てみて分かったこともあるから、やはり必要なことだったよ。」
「分かったこと?」
「客が少ないということは、それほど繁盛をしていないんだろうから、いろいろと計画が立てやすくなった。」
「失礼なこと言わないでください。
お客さんが少ないのはたまたまです。
それに、どんなことがあろうとこの土地を手放すことはありませんから。」
「そう言っている人間の気持ちを変えさせるのは得意だから問題はない。
だから、どこまでその強気が持つのか今は楽しみだ。
で、いつになったら注文を聞くんだこの店は。
客をいつまでも待たせる店だ。」
「なっ!」

何言ってるのよ!
あなたがペラペラ話をするからじゃないのっ!

城野の言葉にムッとしていたが、その思いを口にすると声を荒げてしまいそうでグッと押し留める。
そして、微笑みを見せながら注文を聞いた後調理を始め、しばらくして城野の前に料理を並べる。
城野は目の前に並んだ料理を眺めた後箸を手に取り料理を口にする。
「予想外な味だ。」
褒めているのか貶しているのか分からない言葉を口にしながら食事を続ける城野。
食事をしている様子はいつも見ている態度からは想像が出来かったけれど、きれいだ。
そのことを意外に思ったが、よく考えれば社長というからには食事のマナーはしっかりしているのかもしれないと思い直す。
「おあいそお願いします。」
「はーい。」
城野に向けていた視線だったが、他のお客さんの声で逸らし、対応を始め、城野のそばから離れた。



気がつけば先ほどのおあいその声の後から他のお客さんも席を立ち出し、気がつけば店には私と城野だけの状態になってしまっていた。
ざわめきもなくなった店内に2人きりという状態は居心地が悪い。
城野と言えば、大人しく食事を続けている。
そんな城野と視線が合うと、
「こういう料理は味わうことはないんだが、うまいものだな。」
いつもの口調ではなく、穏やかな口調で言われてしまい、私は息を詰める。
予想もしていなかった言葉に身体が驚いてしまったせいだった。
だから、城野の言葉に返事をすることも出来ない。
「なんだ?」
そんな私の様子に気がついたのか、城野は怪訝な顔で問いかけてくる。
「いえ、おいしいだなんて言われるとは思っていなかったから驚いているだけです。」
「おいしいと思ったんだからそう言ったまでだ。
そんなに驚くことでもないだろ。」
「普通はそうですけど、あなたに言われるのは予想外過ぎるんです。」
「ひどい言われようだな、それもしょうがないかもしれないが。」
城野はクスッと笑った後、料理を食べ終えたのか、お酒を飲み出す。
料理を先に食べていたせいか、お酒が残っているけれど、つまみがないことに気づく。
「よかったら。」
私はそう言って料理を一品差し出す。
「これは?」
「この間のお礼です。
ありがとうございました。」
「お礼を言われるとは予想外な展開だな。」
「お世話になったんだから予想外だとは思いません。
それに、笑うところでもないと思いますけど。」
私の言葉にクククッと笑いだす城野にそう言うと、
「俺の周りにはいないタイプすぎて、自然と笑いが出てきてしまうんだから仕方がないだろ。
気を悪くさせたんだったらすまないとしか言えないな。
料理といい予想外の展開といい、楽しませてくれるなあんたは。」
そう言って声を出して笑いだす。
「だから、笑わせるつもりはないと言ってるでしょ!」
私は声を大きくしながら訴えるけれど、笑いだした城野は、しばらく笑い続けていた。
不思議なことに、城野の笑いは私を不快な気分にさせるものではなかった。
それはきっと、皮肉を込めた笑いではなかったせいかもしれない。
笑っている城野を見ながら感じていることは、私にとって新たな予想外の出来事だと言えるかもしれない。





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