両親が亡くなり遺産となった居酒屋を、会社を辞めて始めた私だったが、子供の頃から見ていた両親の仕事ぶりには程遠い毎日に疲れていた。
だけど、常連の人達はそんな私を温かい目で見守ってくれていたお陰でがむしゃらに働いていた日々をしばらく過ぎると、何とか仕事に慣れ、軌道に乗せることが出来た。
そんな毎日を過ごしているうちに気がつけば季節は春。
休みの日、晴れ渡る青空を見ていると久しぶりに散歩でもしてみようかという気になり、折角だし桜を見ながらお弁当でも食べたら気持ちいいかもと思い、用意を始める。
そして、用意が出来た私は玄関を開けた。

その時は、今開けた扉がある出会いを導き出すことになるなんて、気づくことはなかったけれど。












玄関を出た私は、優しい春の日の光を受けながら思わず背伸びをする。
穏やかな時間、そんな時間に思わず顔も緩む。
背伸びを終えた私は、目的の公園まで向かうべく身体を動かすと、いつもならいるはずのない物が目に入る。
それはよく見ると物ではなく人で、私の家兼居酒屋の壁に身体を預ける形で座っていた。
突然人が自分の家の前に座っていることに驚いてしまい立ち尽くしてしまった私だったけれど、しばらくすると落ち着いてきていつまでも自分の家の前に座られても困るという気持ちが浮かんでくる。
だから、怖々ながらも座り込んで俯いている人に声をかける。
「すいませーん、ここに座られても困るんですけどー。」
でも、身体はピクリとも動かず私の言葉に反応する様子はない。
もう1度同じように声をかけたけれどやっぱり反応は同じ。
仕方なく私は座っている人の肩に手をかけ揺さぶる。
「すいません、もう朝ですよ。
起きてください。
えっ?きゃ!」
揺さぶっていた人は、突然身体がゆっくりと私の方に倒れてきて私は思わず声を上げる。
ゆっくりと倒れこんでくる人は私の腕の中に倒れ、急な重みを受け止めきれない私は一緒に道路に倒れこんでしまった。
一瞬衝撃で目を閉じてしまった私だったけれど、私の腕の中に納まってしまった人は、まだ目覚める様子もない。
そんな腕の中の人を見ると男性で、眼鼻立ちがすっきりとした人だということに気づく。
至近距離で格好いい男性を見ることがない私は、思わず胸をときめかせたりしてしまう。

そんな場合じゃないでしょ私ったら。
どうしよう、病院に運んだ方がいいのかしら?
でも、怪我している様子もないし。
とりあえず家で休ませておくことにしようかな。

自分に突っ込みを入れながらも、このままの状況でいるわけにはいかないと思った私は何とか立ち上がり、意識を失ったままになっている男性を出かけるはずで閉めた玄関を再び開けた後、なんとか部屋の中に連れて行き、ベッドに休ませることができた。





これからどうしようかな。
もしかしてこのまま目覚めないなんてこともあるのかしら?
しばらく待って目覚めなかったら救急車を呼んだ方がいいわよね。

私は、ベッドに寝かせた男性の寝顔を見ながら1人、これからについて考えていた。
穏やかだったはずの休日が予定外のことで狂わされてしまったけれど、何故か嫌な気持ちは浮かんでこない。
人助けだと思えばそれは当然なのかもしれないけれど、それだけではないような気もする。
でも、どうしてと問われても自分の中に明確な答えがあるわけではなかった。
何故だか男性の顔を見ると、胸の奥が熱くなるのを感じているということだけは気が付いていた。

でも、そんな自分の状態が、男性に一目惚れをしてしまったということまでは気づくことはなく、目覚める様子のない男性のそばで座りこんでしまっていた。。



「あの、ここは?」
「気がつきましたか、家の前で倒れていたからここで休んでもらっていたんです。けがもないみたいだったから。
気分が悪かったりはしませんか?」
今まで眠っていた男性がゆっくりと身体を起こし、見知らぬ場所にいることを言葉を発したことで疑問に思っていることを感じた私は、体調を聞きながら部屋に来ることになった経緯を話した。
「大丈夫みたいです。ご迷惑おかけしました。」
「いいんですよ。」
男性は微笑みかけながら私にお礼を言ってくれる。
そんな表情を見ると自然と私も笑顔になり、気がつけば動悸がして、胸が苦しくなる。

お礼を言われただけなのに何でこんなに心臓がバクバクいってるんだろう。
顔も火照ってくる感じもするし、いつもの私じゃないみたい。

「あの、お腹空いていませんか?
よかったらお弁当があるので食べてください。」
「そんな、倒れてるところを助けてもらったのにお弁当まで貰うわけにはいきません。」
「気にしないでください、これも何かの縁ですよ。
お腹、空いてませんか?」
「・・・・、実は空いてます。
ありがたく頂きます。」
「どうぞ、お口に合えばいいんですけど。」
男性は照れた表情で空腹なことを言う姿が可愛くて、私はクスクス笑いながらお弁当を手渡した。
「おいしいです。料理上手なんですね。」
「そんな、普通ですよ。」
卵焼きを1口口にした男性は、満面の笑みでおいしいと思っていることを口だけではなく伝えてくれる。
そんなことをされては、私の心臓はますます動きを早くしてしまう。

心臓だけじゃなくて息まで苦しくなってきた気がする。
どうしてこの人が笑いかけてくれるだけでこんなに私は原因不明の症状が出てくるのだろう。

急に浮かんできた自分の不可解な症状に疑問を持ちながらも、男性の笑顔に目を奪われ、お弁当を食べる姿を見つめてしまう。
自分が作った料理をお客さん達はおいしそうに食べてくれる、その表情が私は好きだ。
でも、同じようにおいしそうに食べてくれる男性の表情は私の心すべてを満たしてくれる、そんな気がする。






「ごちそうさまでした。」
私が見つめている間にお弁当を食べ終わった男性は、両手を合わせ食べ終わったことを知らせる。
私は、その声に思わずビクッと身体を反応させてしまった。
それだけ無意識な状態になってしまっていたのだと思う。
「あっ、えーと、お粗末さまでした。」
そんな言葉しか出てこなくて納まっていたはずの顔の火照りを感じながら、差し出されたお弁当箱を受け取った。
「あの、私あなたの名前聞いてませんでしたね。
私、水崎 ひなたっていいます。」
しばらくの沈黙の後、私は男性に声をかける。
すると、男性は、
「僕の名前、ですよね。
名前・・・・、名前、どうして名前が分からないんだ?」
「え?」
今まで見せていた笑顔が顔をひそめ、男性は自分の口元を押さえる。
私はそんな男性のそばで動きを止めることしかできないでいた。





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