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「ママ早く、バス行っちゃうよ〜。」
「待って、洸まだ靴下履いてないでしょ。
ほら、足出して。」
「えー履かなくていいよー。」
「ダーメ、ちゃんと履いていかないと。
よしっ、これで準備できたわね。
洸、急ぐわよ!」
「はーい。」
慌ただしく過ぎる朝の時間。
深夜幼稚園用のバッグを作るのに一生懸命になり寝坊をしてしまった。
というよりも、アキラさんのことを思い出してしまいなかなか寝付くことが出来なかったせいなのだけれど。
何とか間に合い先生に挨拶をした後洸を幼稚園バスに乗りこませ、買い出しをするべく歩き出した。
本当は幼稚園に行かせる予定はなかったのだけれど、近所の人から洸のためにも幼稚園にはいかせていた方がいいと言われてしまった。
友達を作ったり、同じ年頃の子供と遊ぶことで情操教育になるということだったから。
もう少し大きくなってからでも良かったのかもしれないけれど、近所には洸と同じくらいの歳の子供がほとんどいないので、それならということで幼稚園に行かせることを決めた。
幼稚園の費用もばかにならないから頭を悩ませてしまう時もあるけれど、幼稚園から帰ってきた洸が幼稚園での出来事を楽しそうに話す姿を見ていると、幼稚園に行かせて良かったと思える。
洸が楽しそうにしている顔を見るだけで何でもしてあげたくなってしまうんだから、私も世間の親と同じようにかなりの親ばかなのかもしれない。
片親であるということで洸はいやな思いや寂しい思いをさせてしまっていると思う。
でも、アキラさんがいない分、私が頑張っていかないといけないんだからという洸を思う気持ちが私を生かしてくれていると思う。
洸がいてくれなければ私はもうこの世にはいなかったかもしれない。
それほど私にとってアキラさんが突然いなくなってしまったことはショックな出来事だった。

アキラさん、あなたは今どこにいるの?
どうしてあの日、出かけたまま帰ってきてくれないの?











洸が幼稚園に行っている間、夜のための仕込みを店でやっている私は買物を済ませた後材料を袋から出し、仕込みを始める。
いつも買いだしの状況で今日のお勧めとなる料理を決めている。
今日は、ブリのいいのが手に入ったから煮付けにした。
他にも何種類か今日のお勧めということで準備をした後、定番の料理も準備してから一休みする。
少し遅くなった昼食を準備して食べだそうとすると、開店前だというのに店のドアが開く。
ドアから入ってくるのは知らない人ではない。
だからといって歓迎できる人ではなかったけれど。
その人はきっちりとスーツを着て隙がない気配を見せながらいつもやって来る。
優しそうな顔立ちのはずなのに何故か信用出来ない雰囲気なのもいつものことだ。
「こんにちは。
今日こそよい返事を頂けるかと思い寄らせていただきました。」
「何度来られても返事は同じです。
私はこの店を手放すつもりはありません。
なので、もうこないでもらえますか。」
「はいそうですか、と答えてすごすごと帰るわけにはいかないんですよ私も。
この土地は私どもの会社にとって必要な物件なので、よい返事を頂くまでは何度でも伺わせてもらいます。
条件もそちらが希望する条件でよいと言ってるんですからそんなに悪くない話だと思うんですがね。」
「条件の問題ではないんです。
この店は亡くなった両親が一生懸命頑張って建てた店なんです。
私にとってはこの店は両親の形見ですから、だから、私もそう簡単にいいですよなんてことは言えません。
諦めてください。」
「これでは堂々巡りですね。
とりあえず今日は帰ることにしましょうか。
今度伺う時にはよい返事を聞かせてもらえることを期待していますよ。」
そう言って立ち去る男性は、毎日来ているように明日も来るのだろうということを私に思わせながらゆっくりとした無駄のない動作で店から出て行った。

何度来られても答えは同じなのに。
でも、他の周りの店は徐々に減ってきている。
引っ越すからと挨拶に来た人もいる。
このままだと私だけが残るかもしれない。
そうなったとしても、この場所をなくすわけにはいかない。
両親の形見ということもあるけれど、アキラさんが戻ってきた時にこの場所にいなければ会うことが出来ない。
絶対に立ち退きには応じるわけにはいかない。

男性が帰って行ったドアを見ながら改めて決意を強める私は、すっかり冷めてしまった昼食を食べる気にはならずラップをかける。
ラップをかけた後冷蔵庫に入れながらこの3ヶ月のことを思い出す。
急に聞かされた立ち退きの話。
立ち退いた後この場所にショッピングモールを作るつもりでいると説明会が行われた。
最初の頃は皆反対して立ち退く様子を見せなかったけれど、次第に条件が合ったのか立ち退く人達が増えだしている。
閑静な住宅街とは言えないこの場所は、交通の便は悪くない。
そのせいでこの計画の立地場所になってしまったのだろう。
このまま1人でどこまで戦えるのかは分からないけれど、両親が事故で亡くなってからOLを辞めてまで守ってきたこの店。
本当は居酒屋なんて、と子供の頃は思っていた。
けれど、両親が亡くなり戻ってきた時に何故だか自然と涙が流れてきたことを覚えている。
その時、この場所が自分にとって大切な場所であるということを気づき、悩むことなく仕事を辞め、店を再開した。
その後の私は、両親が働いていた所を見ていたと言っても素人なので慣れること、店を元のように軌道に乗せることに必死だった。
そのせいか自分に余裕があった生活を送れていたとは今は思うことはできない。
でも、その頃の私は自分がそんな状態でいるということに気づくことはなかった。
気づいて楽しみながら仕事が出来るようになったのは、アキラさんと出会ってからだろう。
そう、桜舞う春の朝、私とアキラさんは出会った。






「ママ?」
立ったまま考え込んでしまっていた私に覗きこむような体勢で心配そうに洸が話しかけてきた。
声をかけられ洸が帰って来たことに気づいた私は、お迎えに行かなかったことに顔をしかめてしまう。
「ごめんね洸、お迎えの時間だったのに。」
「大丈夫だよ、ママが迎えに来なくても僕帰って来れるよ。」
ニッコリ笑いながら私を安心させようと答える洸が、私を労わってくれている言葉を小さい子供なりに言っているということを嬉しく思いながらも、小さな子供に気を使わせてしまっていることに親として反省してしまう。
「本当にごめんね、明日はちゃんと迎えに行くからね。」
「明日はお休みだよ。」
「あっ、明日は土曜日だったわね。
月曜日はちゃんと迎えに行く、約束ね。」
「うん!」
私が小指を出すと元気よく返事をした洸は、小指を絡め指切りする。
ニコニコと嬉しそうな表情を見せてくれる洸を愛しく思う私だった。












「洸、お洋服着替えたら公園に行こうか。」
「えっ、いいの!」
「うん、もう準備も終わったから今日は公園に遊びに行けるよ。」
「やったー、僕着替えてくる!」
「ママ手伝おうか?」
「大丈夫!」
私と一緒でなければ公園に行くことを許可していないので、公園に久しぶりに行けることが嬉しいのだろう。
今は物騒な世の中だからなかなか1人で遊びに出掛けさせられない。
今日みたいに仕込みが終わっていれば一緒に公園に行くようにしている。
やはり子供は元気に外で遊ぶのが1番いいと思うから。
「ママ着替えたよっ、早く早く!
今日はトンネル作るんだ〜。」
「よーし、じゃ行こうか。」
私は砂場道具を持っていない方の手を握り公園に向かって洸と出かけた。





公園で砂場遊びを楽しんだ洸は満足げな表情だ。
トンネルを作るのに一生懸命になって顔に砂をつけてしまいながら頑張る洸は、本当に楽しそうだった。
トンネルが出来て左右から掘っていた私達は指があたり開通した時にはお互いの手を握りながら笑ってしまった。
洸だけではなく私も楽しんでしまった公園から、歌を歌いながら帰る私達を店の玄関で立ち、待ち構えるスーツ姿の男性がいる。

さっき来たところなのにまた来たのかしら。

そう思うと知らず知らずのうちにため息が口から漏れてしまう。
玄関に立たれては無視することもできず、中に入るべく男性に近づく私達。
すると、私達に気がついたのか男性が私達の方を振り向く。
いつも来る男性だろうと思いながら視線を逸らしていると、
「パパだ!!」
と、洸が大きな声で叫んだ。
その声に視線を戻す私の前に立っていたのは、いなくなって6年が経つ逢いたくて、逢いたくて仕方がなかったアキラさんが、立って私達を見ている。
突然のことで信じられなくて、私はその場で立ち止まってしまった。
洸はそんな私がもどかしいのか、握っていた手をほどきアキラさんに向かって走り出す。

本当に、本当にアキラさんなの?

私は立ち止ったまま、涙で自分の視界が揺れることに気付きながらも、流れだす涙を止めることが出来なかった。





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