19



「ママ、おじちゃん今日も来ないのかな?」
「どうかな?
お仕事が忙しいみたいだから来ないかもしれないわね。」
「僕、もう少し起きておじちゃんが来るの待ってる。」
「もう遅いから寝ないとダメよ。
おじちゃんが来たら洸が一緒に遊びたいって言ってるって伝えるから、ね?」
城野に会いたいとむずがる洸を何とか静めて布団に休ませ、寝つくまでそばにいた後ゆっくりと立ち上がり冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しコップに注ぎ喉を潤した。
毎日来ていた城野が姿を現さなくなって今日で3日。
電話で急な出張が入ったからしばらく来れないと言われたけれど、今だ連絡さえない。
当然のように夜を一緒に過ごしていた城野の姿を見ないというのは何だか落ち着かず連絡を取ってみようかという気持ちが出てくるけれど、仕事だという城野に負担をかけるわけにはいかないと実行することは出来ないでいた。
城野がそばにいないこと、社長である城野が毎日のように来ていたことの方が不思議なのに、寂しさが身体の中を満たす。
城野と洸、2人がいてくれることが今の私の幸せになってしまっているのだと感じてしまう。

早く帰ってきてほしい。

城野がいないことで湧き起こる想いが私の心を揺さぶる。
アキラさんがいなくなった時のことが思い出されてくるからかもしれないけれど。
行ってくるといったまま帰ってこなかったアキラさん。
城野とアキラさんは違う人間なのだから考え過ぎだということは分かっている。
でも、それでも、アキラさんがいなくなってからの苦しみが不安を生んでしまう。
声を聞かせて安心させて。
そんなすがる様な言葉が頭の中に浮かぶ・・・・。












城野が出張に行って1週間が経ったけれど、城野がいないだけのいつもの日常が過ぎていく。
洸を幼稚園に送り出し、仕込みを始めながら無意識にため息を漏らしていた。
最近眠りが浅いせいか身体がだるく感じる。
包丁を持つ手の動きもゆっくりになってしまう。
それでも何とか準備を終わらせ、カウンターの椅子に座り洸を迎えに行くまでに残り少ない時間を過ごす。
しばらくすると、玄関がゆっくりと開き、
「ひなたちゃん。」
常連客の田口さんが伏せ目がちに入ってきた。
「どうしたんですか?こんな時間に。」
「あー、その、何だ、ちょっとひなたちゃんに話があってね。」
「何ですか?」
「その、この辺りは立ち退きの話があるだろ?」
「そうですけど、何でそのことを田口さんが知ってるんですか?」
常連であっても、立ち退きの話はしたことがない田口さんからの話に疑問を含んだ表情を見せながら返事を待つ。
「ひなたちゃん、俺が小さな工場をやってるのは知ってるよね。」
「はい。
でも、そのことが立ち退きとは何の関わりもないことだと思うんですけど。」
「それが、関係なくないんだ。
俺の工場は本当に小さい下請けの会社だ。
お偉いさんの会社から仕事を回してもらって何とか不景気を乗り越えてる。
そんな会社にも社員はいて、そいつらのことを俺は守らないといけない。
だけどな、このままじゃ守れそうにないんだよ。
ひなたちゃん、お願いだ、この土地から立ち退いてくれ!
勝手なことを言っているのは分かっているんだ。
でも、俺にはもうこうしてひなたちゃんに頼むしか工場を守ることが出来ない。
頼むっ。」
田口さんは私の目の前で床につくほど頭を下げながら土下座をして私が思いもよらなかったことを口にした。
急な言葉に私の頭はついていかず、田口さんを前に立ちつくしてしまったけれど、身体を震わせながら土下座を続ける田口さんの姿に改めて気づき、
「頭を上げて、田口さん。」
肩に触れ、身体を起こすよう促す。
「どうして急にそんなことを言うの?
何があったの?」
田口さんは力なく頭を起こした後私の顔を見ながら辛そうに顔を歪ませながら俯く。
そして、ゆっくりと話しだした。
「今まで順調にきていた仕事をキャンセルしたいという電話があったんだ。
何も問題がなかったのに急にそんなことを言われ納得が出来なかった俺は、理由を聞きに行ったんだ。
そしたら、上層部から俺の会社を使うなと指示が出ていると言われて。
そんなのじゃ分からないと言うと、これ以上話すことはないからと追い出された。
追い出されて呆然とするしかなかった俺に、男が近づいてきて言ったんだ、水崎ひなたの店に行っていたのが不幸だったと思えって。
土地を手放さない水崎ひなたがすべて原因だと。
どういうことか分からなかったから聞いたんだ、どういうことかって。
そしたら、水崎ひなたが土地を手放せばあなたの工場は元通りだって言われた。
ひなたちゃん、勝手なことを言っているのは分かってる。
この家を大事に思っているのは昔からの付き合いの俺は分かっているつもりだ。
でも、俺にも大事なものがあるんだっ。
それを守らないと俺は破滅するんだ。
ひなたちゃん、立ち退いたらお金貰うんだろ?
それだったら問題ないよ。
ひなたちゃん、俺を助けてくれ。
お願いだ・・・・。」
田口さんは辛そうな表情と必死な訴えを見せながら私に詰め寄る。
その姿は岐路に立たされた人間の必死の訴えなのだということを私に知らしめる。
「田口さん、ごめんなさい・・・・。」
私はそれでも両親が大切に思っていた土地を手放すと口にすることが出来ず、小さな声で謝るしかなかった。
「何でだよ!
ひなたちゃんはお金がもらえるんだろ!!
こんな土地に執着されたら迷惑なんだよ!
自分が良ければ他人はどうでもいいってことか?
俺には何の関係もないことなのに、生活を壊されないといけないのかっ!!」
田口さんの叫びは私の胸を突くほどの悲痛な叫び。
私の瞳からは涙が気がつけば流れてきて頬を濡らす。
「ごめんなさい。」
どうしても立ち退きたくないと思っていた私の気持ちが優しい田口さんを苦しめている。
そのことが胸を苦しくさせ、自分の考えが正しかったのだろうかと迷わせ、頬を濡らす涙を止めることが出来ない。

どうしてこんなことに。
私はただ、この場所を守りたかっただけ。
誰かを傷つけたかっただけじゃないのに。
どうして、こんなことになってしまったの?

「話は終わりましたか?」
いつ入ってきていたのか気づかなかった人物が口を開き私達にゆっくりと近づいてくる。
「田口さん、後は私が話をしますので帰っていただいていいですか?」
「はい・・・・。」
田口さんはその人物の声に乱暴に自分の涙を袖口で拭いた後ゆっくりと立ち上がり、私の顔を見ることなく立ち去ってしまった。
私はそんな田口さんの後ろ姿を見つめたままだった。
「さて、土地を手放す決心はつかれましたか?」
笑顔を見せながら聞いてくる目は全く笑ってなく、私を品定めするような視線を感じながら気がつけばいた人物、城野の秘書、玉城が存在をアピールしてくる。
「どうして?田口さんの会社は関係ないでしょ!」
私ではなく、他人を巻き込んでのやり方に口調荒く叫びながら睨みつける。
「だから言っていたじゃないですか。
他人に迷惑をかけることになると。
それなのにあなたは何も変わらなかった。
こうなったのも全てあなたのせいなんですよ?」
「もっともらしく言わないでっ。
卑怯よ、やり方が。」
「卑怯?
そうではないです、これは、ビジネスなんです。
利益を得るためには多少のリスクは必要になってきます。
だから田口さんはリスクを負ってしまった。
あなたのせいでね。」
「ビジネスですって?
こんなのは脅しじゃない。
それ以外の言い方はないわよ。」
「人それぞれ思い方は違いますからね。
それで、どうされますか?」
私の言葉など気にする様子も見られず、自分のペースで話を進める玉城に感情的になってしまう。
「どうもしない。
この土地から立ち退くつもりはないわっ。」
このまま玉城の言葉に屈するつもりはない。
卑怯な手を使ってくる人のいうことを聞くことは出来ない。
「不幸になる人がいるのを分かっていてもですか?」
「それは・・・。」
屈したくはないけれど、田口さんのことを思い出すと自分の選択が正しいとはいいきれない。
自分の思いで傷つける人がいるのに、このまま頑なに土地を守っていくわけにはいかないのではないかと葛藤が生まれる。
「この土地を手放せば田口さんの工場は元通りになるんですか?」
「そうですよ。
あなたが土地を手放してくだされば。
決心はつかれましたか?」
玉城は私の言葉に脈があると感じたのか、いつになく素早い反応を示した。
けれど、決心がつかない私はどちらの返事もすることができなかった。
しばらくの間沈黙の時間が続くと、玉城が口を開いた。
「困りましたね、社長にどのように報告しましょうか。
うまくいかなかったと言わないといけませんね。」
「社長?
城野が、飛鳥がやれって言ったの?」
「そうですよ、社長しか私に指示をする人はいませんからね。
ああ、そうでしたね、社長はあなたの家に通って説得されてましたから親しくなられたんですか。
優しい言葉をかけられ自分は特別だと勘違いされたと聞いております。
面倒だがこれも仕事だと社長はおっしゃられてましたけどね。」
「嘘よ。」
私は声を震わせながら何とか声を出し、否定の言葉を口にする。
けれど、頭の中では城野の顔を浮かばせながら、これまでの城野の行動を思い起こしていた。
真実の言葉だと思っていた城野の言葉が、すべて嘘だったのだと思うには私は城野のことを愛しすぎていた。
言葉では否定しながらも、騙されていたのだという思いが強くなってくる。
「嘘だと思いたいのであればそれでもいいですが。
分相応という言葉があるのを知らないようですね。
さて、私はそろそろ会社に戻らないといけません。
出張先から社長が戻られますので。
次に来る時は良い返事がもらえると期待しています。
そうでないと、あなたの常連さんは苦しむことになりますよ。
では。」
玉城は表情を変えることなく座り込んだままの私に声をかけ立ち去って行った。





玉城が立ち去った後、身体を動かすことが出来ないでいる私は、床に座り込んだままになってしまっていた。
「嘘、だったんだ。」
城野が私と同じ気持ちでいるのだと疑いもしなかったことにおかしくなる。
社長である城野が何の裏もなく私に近づいてくることがあるはずがなかったのだから。
クスクスと小さな笑いが自然と出てしまう私だったが、
「ただいま〜。」
洸が元気よく帰ってきて、いつまでも床に座っているわけにもいかず立ち上がり洸を迎え入れる。
「おかえり、ごめんね迎えにいかなくて。」
「大丈夫だよ。
ねーママ泣きたいの?
お顔が泣きたいって言ってるよ?」
「え?」
洸のそばに近づき、しゃがみこんで視線を合わせた私に洸はそう言った後、
「いいこ、いいこ。」
そう言って私の頭を優しく撫で出した。
洸の小さな温かい手が私の涙腺を緩ませ、涙が流れだす。
城野の言葉を信じたいけれど、信じられない。
騙されていたのだと思う気持ちとそうじゃないのではないかと思う気持ちで身体に力が入っていたのだということに気づかされた洸の温もり。
「洸、洸。」
これからどうしたいのか考えることが出来ないけれど、ただ、泣きたかった。
洸を抱きしめ、それでも私の頭を撫でてくれる洸の優しさに包まれて涙を流し続けた。












今日は店を開ける気にならず休業の札をかけ、洸とゆっくり過ごすと決めた。
出張から帰ってくると言っていた城野。
城野が現れたら私はどう動くのか自分のことなのに分からない。
罵るのか、縋るのか。
そんなことを思いながら洸と一緒に夕食を済ませ、片付けをしていると両手に荷物を持つ城野がいつもと変わらない顔で現れた。
その顔を見ると、城野は私のことを好きでいてくれているのだと思える。
けれど、そうではないと言われてしまった今、素直になれるはずもない。
「思っていたよりも手間取って今日帰ってこれた。」
「おじちゃんおかえり!」
久しぶりに会う城野に甘える洸。
両手に持っていた荷物はほとんどがお土産だったようで、洸に手渡し開けさせている。
喜んで開ける洸を1人にし、店へと移動するよう城野に声をかけた。
「どうした?」
店に移動した後私の頬に触れ聞いてくる城野。
触れてくる城野の手を頬からゆっくりと離し、触れていた手を離す。
急な私の行動に不思議そうな表情だ。
「聞きたいことがあるの。」
「何だ?」
城野を見上げ、目を逸らすことなく問いかける。
「この土地、どうして手に入れたいの?」
「本当、今日はどうしたんだ?」
「どうもしないわ、今まできちんと聞いてなかったから聞きたいだけ。」
感情が強く出てしまわないよう出来る限り普段通りの口調で話す私に、城野は不思議そうな顔をしながらも話しだした。
「この土地だと近隣への利益をもたらすこと、会社にとっても利益が生まれるという点がこの場所を欲しいと思った理由だ。
社長として会社の不利になるようなことは出来ない。
犠牲がないに越したことはないが、そう甘いものでもない。
その代り出来る限りのことをして、リスクを少なくするのも俺の仕事だと思っている。」
「その犠牲の中には私の土地も含まれるのよね。」
「・・・・そうだな。
だが、考えていることがある。
そのことをひなたに聞いてほしかったんだ。」
「聞くことは何もないわ。
昼に聞かせてもらったんだから。」
「昼?」
「そうよ、この土地が欲しかったんでしょ?
だから私を好きな振りをしてただけなんでしょ?
そんなことまでして欲しかったのね。
気づかなかったのは、私があなたのことを好きになってしまったからだわ。
だから、愚かな自分にきづくことが出来なくなっていた。
・・・・この土地はあなたにあげるわ。
だから、もう2度と私の前に現れないで・・・・。」
込み上げようとする涙を抑え、少しずつ震えてきてしまう自分の声に気づいたけれど言葉を続け、決別を城野に告げる。
大きな声を上げ罵るだろうと思っていた自分の行動は、予想を反していた。
城野の気持ちが偽物だったとしても、私の気持ちは偽物ではない。
だから、すべてをなかったことにしてしまおう。
そうすることでしか城野を忘れる方法を見つけることが出来なかった。
「ひなた!?
何を言ってるんだ?
俺がお前を騙す?
そんなことするはずがないだろっ。
言ったはずだ、お前のことが好きだと、すべてを受け止めると。」
「私は受け止められない、偽りの気持ちは。
だから、お願い、このまま私の前からいなくなって。」
城野の身体を両手で押し、自分との距離を離す。
これ以上一緒にいることが耐えられそうにないから。
そんな私の行動に城野は、私の腕を掴み真剣な表情を見せ、帰る気配はない。
「昼に何があった、俺がいない時に何があったんだ!」
「玉城さんが来て教えてくれただけよ。」
「玉城が?」
「そう、あなたの本当の気持ちをね。」
「俺の気持ちはいつも言っている!
それ以外に本当の気持ちなんてないっ。
ひなた、自分の気持ちを他人に代弁させるつもりは俺にはない。
俺の想いは俺が感じているものだから、代弁できるわけがないんだからな。」
「そうかもしれない。
でも、1度疑ったあなたの気持ちを信じることが出来ないの。」
「ひなた!」
「どうしたの?」
部屋でお土産をあけていたはずの洸が私達のところに小走りで近づいてくる。
大きな声を出す城野声に驚いたのかもしれないと思い、
「どうもしないのよ。
おじちゃんね、もう帰るって。
それから、これからはもうここには来れないって。」
「おじちゃん、来ないの?」
洸は顔をくしゃっと歪ませ寂しさを表し、城野の足に抱きつく。
「そんなことはない。」
「もうおじちゃんはこないのよ!
だから離れなさい!!」
城野の足に抱きついたままの洸を引き離し、言い聞かせるように強い口調で話す。
すると、洸は私の顔を見て、
「ママ、おじちゃんがパパになってくれるって言ったよ!
どうしておじちゃんがこないなんて言うの!!」
そう叫び、涙目で私に訴える。
「お願い、ママがおじちゃんがこないって言ってるんだからうんと言って。」
「やだっ、やだっ!
嘘つくママなんて大っきらい!!」
洸は私の手を小さな体で振りほどき、玄関へ走り、
「おじちゃんがパパになってくれるって約束守ってくれるまでお部屋には入んない!」
近づいた玄関のドアを開け、外へと飛び出してしまった。
「洸!」
夜も遅い時間、外には多くの危険がある。
そんな中に洸を行かせるわけにはいかず、すぐに洸の後を追いかけた。
子供の足、すぐに追いつくだろうと思っていたのに、暗いせいかはっきりと洸の姿を見つけることが出来ない。
そんな中、外灯の下でうずくまっている小さい身体を見つけ、
「洸!」
呼びかけながら近くに近づこうとすると、うずくまっていたはずの洸は立ち上がり、私と逆の方に走り出す。
「待って!」
走り出す洸を追いかけると、今まで薄暗かったはずの場所が次第に明るくなってくる。
それは、車道が近づいているということだと気づき、走る速度を上げる。
あと少しで洸を捕まえられるというところで、洸が車道に飛び出してしまう。
そして、洸が飛び出した場所の近くには車が近づいてきていることを車のライトが知らせ、身体が強張る。
「洸!危ない!!」
叫ぶ私の目の前では、先ほどより近づいている車が洸を目指しているように感じる。
恐怖で身体を動かすことが出来ないでいる私の横を風が通り過ぎたと思うと、城野が車道に飛び出し、洸の身体を突き飛ばす。
車が近づいてくるギリギリのところだった。
でも、私の目に飛び込んできたのは、車に撥ねられフワッと宙に浮かぶ城野の姿だった。





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