15



ひなたを抱きしめる腕、それは待ち望んでいた腕ではない。
けれど、心のどこかで喜んでいる自分がいる。
そのことが私の身体の反応を遅れさせ、城野の腕だということを分かっていながらも動くことが出来ない。
「少しは暖かくなっただろ?」
抱きしめたまま囁きかける城野。
けれど、その囁きにはからかう響きが感じられた。
城野の言葉に我に帰ることが出来た私は、腕の中から抜け出そうと身体をよじる。
だからといって、しっかりと抱きしめられている身体は思うように動かせるはずもなく、小さくもがき続けるだけ。
「腕を離して。」
私は強い口調で城野に腕を外すように訴えるが、
「そんなに照れることはないだろ。」
ククッと笑いながら私の言葉を聞き入れる様子を見せない。
「照れてなんかいません!」
「そうか?」
堂々めぐりな言葉を話しながらもがくことをやめない私だったけれど、今までからかうように聞いてきていたはずの城野が、
「もう少しだけ。」
短い言葉ではあったけれど、静かで真剣な声で私の動きを止めてしまった。

本当に卑怯だ、城野は。
さっきみたいにからかえばいい、そうすれば私はこの腕を払いのけようと動き続けることが出来るのに。
でも、あんな声で言われたら出来ないじゃない。
卑怯だ、城野は。

私は城野の言葉に心の中で悪態をつく。
けれど、心とは裏腹に身体は城野の腕の温もりを受け入れている。
認めたくはない。
でも、心地よく感じてしまう城野の腕の中。
私はどうしたというのだろう。
嫌いな男の腕の中が心地いいと感じてしまうなんて。
強張っていたはずの身体からは力は抜け、城野に身体を預けている。
頭では、離れなければと信号を送っているはずなのに、絡めとられているかのように信号を無視して動き出さない身体。
決して長い時間だったわけではない。
きっと時間で考えると数分といったところだろう。
それでも、感覚的にはそれ以上の時間が過ぎたように感じる。
「今、そばにいるのは俺だ。」
沈黙の時間を断ち切るかのような城野の言葉。
けれど、その言葉の意味を理解するには私の脳の動きはゆっくりなり過ぎている。
だから、城野の言葉に返答することができなかった。
「こうしてひなたを抱きしめているのも、俺だ。
この場にいない旦那じゃない。」
「それは、どういう、意味・・・?」
「分かっているのに聞くんだな、ひなたは。」
城野の声は真剣なままだった。
さっきのようにからかうように言ってほしいと願っていた私の気持ちとは裏腹な声色。
分かっている、城野はそう言うけれど、本当に私は分かっているのだろうか。
そんなことはない、分からないから言葉の意味を問いかけたのだから。
分からない、城野の言葉の意味。



本当に?



頭の中で問いかけてくるもう1人の私。



分からないわ。
分かってはいけないのよ。

嘘つきね、本当は分かっているくせに。
ただ認めたくないだけのくせに。

認めたくないことなんてないわっ!



もう1人の私と口論を続けていると、私が認めたくないと思っていたことを城野が口にする。
「嫌いな奴に抱きしめられて本気で振りほどかないということはどういうことだと思う?」
城野の問いかけ、それは、私が認めたくないことへの問いかけだった。








認めたくはなかったこと、それは、私が城野に惹かれていること。
嫌いなはずだったのに、いつの間にか惹かれ、腕の中が安心できる場所だと感じてしまっているということ。
私はアキラさんを愛している。
それなのに、裏切るように城野に惹かれていることが辛くて、心苦しくて。
だから、逃げていたのだ、自分の気持ちから。
でも、本当の気持ちから逃げ出せるはずがないのだ。
そのせいでもう1人の私が問いかけてきたのだろう。

どうして?どうして城野に惹かれるの?
アキラさんを想い、洸がいてくれればよかったはずなのに。
そして、アキラさんが帰って来るのを待っているのが私の日常だったはずなのに、どうして?
認めたくはなかった城野への想い。
認めてしまったら、私は・・・・・。

自分の想いを自覚したことで、辛くなるだけだと気づきながらも変わらない城野の腕の中の心地よさ。
これからどうしていきたいのか、どうしたいのか分からなくなっている。
そんな心境のままでいる私に、城野は気づいているのか気づいていないのか分からないけれど、腕の力強め私を抱きしめる。
「旦那の存在を消したいわけじゃない。
俺という存在を消さないでほしいだけだ。
ひなた、俺はお前を愛している。
そのことは否定しないでくれ。」
力強い腕の中で包まれたまま紡ぎだされる告白。
認めたくなかったはずなのに、城野がきちんと言葉にしてくれたことがうれしく感じている矛盾した私の心。
けれど、このまま素直に気持ちを受け入れることなんて出来るはずがない。
私にはアキラさんがいるのだから。

嬉しいなんて思ってはいけない。
気持ちを伝えたいなんて思ってはいけない。

そう思っているはずなのに、私の身体は心以上に正直で、城野の言葉に身体を震わせている。
身体は城野に触れていたいと訴える。
心と身体が別の意識を想っているように。
私は身体の動きを止めるために口を開く
「私は・・・・。」
けれど、これ以上言葉を続けることが出来なかった。
城野の存在に気づいた洸が駆け寄ってきたことで。











「おじちゃんっ!」
城野に気がついた洸は、笑顔を見せながらかけてくる。
そして城野はそんな洸の姿を見て私の耳に囁いてくる。
「続きは後だ、消化不良なままだからな。」
ゆっくりと私から腕をほどき離れる城野。
急に風を感じる背中に寂しさを覚えるが、目の前で城野に抱きつく洸に視線を向けそんな自分の気持ちを誤魔化す。
城野に久しぶりに会えたのがうれしいのだろう、洸は満面の笑みを見せている。
まるで本当の親子のように微笑ましく映るほど城野も洸に笑顔を向けていた。
「坊主久しぶりだな。」
「本当だよ、おじさん全然来ないんだもん。
お仕事忙しかったの?」
「そうだ。
でも、今日はゆっくり出来るぞ。」
「そうなんだっ!
じゃ一緒にお弁当食べようよ。
ママが作ったお弁当だからおいしいよ。」
「俺が食べてもいいのか?」
「いいよ、ね、ママ。」
洸は私に視線でも問いかけてきて、反対することなんて出来るはずもなく、
「ええ。」
そう答えるしかなかった。







「うーん、お腹一杯にならなかったよ、ママ。」
結局3人で食べることになったお弁当だったが、食べ終わった後洸が私に言ってきた。
それもそのはず、私と洸の分しか作っていないお弁当を城野も食べたのだから足りなくて当然だ。
しかも、今日はいつもより少なめに作っていたというのも理由だろう。
お腹をさすっている洸の様子を見ながら城野は、洸に話しかける。
「俺にも分けてくれたから足りないんだよな。
お詫びにデザート食べに連れて行ってやるぞ。」
「やった!デザート。」
洸は両手を上げ、喜びを表すと城野は洸を抱き上げ歩き出す。
「ちょっと!」
「急げよ。」
「急いでねママ。」
2人は同じことを口にして待つ様子もない。
しかも、私の返事なんて聞く様子もない。
前も同じようなことがあったとデジャブを感じながら片付けを済ませた私は、城野の後を追いかけ道端に置いてある城野の車に乗り込み、いつになく興奮している洸と一緒に後部座席に座り、城野が運転する姿を眺めながら知らされていない目的地へと向かっていた。





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